アラベラの独り言~本編第255話~

「お嬢様~、王都から小包が届いておりますよ!」

 遠くから使用人の声が聞こえたので、私は作業を中断して顔を上げました。


 ここはブルネール子爵領の領都の外れにある、薬草の研究所で、現在の私の仕事場です。

 三年前のスタンピードの影響でブルネール領は半壊し、いまだ復興半ばの状態であるため、少しでもお役に立ちたいと思い、お父様にお願いして小さな薬草研究の土地と建物を用意していただきました。

 研究所といっても古い洋館を移築して、簡単に改装したものです。

 今は敷地内で少数の使用人とともに薬草畑を作っています。

 最低限の予算で用立てていただきました。


「冒険者が運んできましたので、受領のサインをして受け取りました。念のため中を検めさせていただきましたが、植物の種が数種類と、お手紙が添えられていましたので、お渡しいたします」

 そう言って、初老の使用人が作業机の上に、開封された小包を置きました。

 お屋敷であればお手紙の内容も検分されるところでしょうが、ここではそこまで気をつかう者はおりません。

「そうなの、ありがとう」

 私は近くの椅子に腰かけると、お手紙を受け取って宛名を確認しました。


 ラドクリフ男爵家から、私に宛てられたものでした。


 わずかばかりの胸のざわめきを感じながら、そっとお手紙を開封してみれば、懐かしい級友の文字で綴られておりました。

 レン ラドクリク男爵ご子息様。

 王都の学園で同じクラスだった、あのお姿がすぐに思い浮かびました。


 お手紙には時候の挨拶と、ブルネール領の復興を慮るお言葉と、最近バルジーク国で広がり始めた流行病はやりやまいについて書かれていました。

 そこにはマナ草・ヒール草・キッカラ草・プラーチ草の種が少しばかり手に入ったので、復興のお役にお立てくださいと、したためられていました。

 文章自体は短く、四角四面張った事務的な内容でしたが、彼らしいと思い、知らず口元が上がっていたようです。


 そこへ侍女のアンヌがやってきて、テーブルにお茶を用意してくれます。

「お嬢様、少しお休みください。お屋敷からお菓子が届いておりましたよ。……まぁ、小包ですか?」

 アンヌは私の手元のお手紙と、テーブルの上の小包を見遣って、不思議そうに首をかしげていました。


 それもそのはず、スタンビート以降、財政が傾いたブルネール子爵家からは、手の平を返すように人が離れていきました。

 仲の良かったお友だちともずいぶんと疎遠になって、今はだれのおとないもありません。


「みな様薄情なのでございますよ! あれほどあったご縁談も今はパッタリと途絶えてしまいましたし! お嬢様はこんなにも美しく魅力的であられますのに!!」

 アンヌが我がことのように憤慨してくれるので、私は黙ってほほ笑むだけです。

 それも仕方がないことなのです。

 ボロボロになった領を立て直すには、莫大な資金が必要です。

 だれも一緒に泥船に乗ろうとは思いませんもの。

 ええ、それは仕方のないことなのです。



 私はお手紙をしまい、小包の中身を確認しました。

 小さな麻袋が五つ入っていました。

「あら、お手紙に書かれていたのは、四種の薬草の種でしたのに……。小袋がもうひとつ?」

 それぞれの小袋をテーブルに出してみれば、最後のひとつにラベルがありませんでした。

 気になって開封してみれば、中には大粒の赤い実がびっしりと詰まっています。

 その種の中に小さな紙片を見つけて取り出すと、そこには『ローズヒップ・お茶にしてどうぞ』と書かれていました。

 薬草のお勉強を始めてから知ったことですが、ローズヒップティーを飲めば風邪の予防にも、美肌にも効果があるようです。


 真っ赤な美しい実を見て思い出されるのは、あの素晴らしいバラの庭園です。

 王城や高位貴族のお庭でも見たことがない、あの天上の楽園のような花園が、目を閉じれば今でも鮮明に思い出されます。

 彼の人とともに歩いたあの道と。

 その赤を見れば、自然と笑みがこぼれていました。

 きっとこの実は、あの美しいバラ園のお庭で育まれたものなのでしょう。


「まぁ、ローズヒップですね? まるで宝石のような美しさですね!」

 アンヌものぞき込んで瞳を輝かせていた。

「ええ。あなたも二年前に旅した、北のラドクリフ男爵家のお庭を覚えているかしら?」

「もちろん覚えておりますとも! あのときは本気で死ぬかと思いましたもの! 辿り着いた先に天国があったと、真剣に思いましたから!!」


 アンヌはあのとき同行してくれた侍女です。

 幼いころから私に仕えてくれている大切な存在で、芯の強い気丈な女性ですが、さすがにあの旅では音を上げていましたね。

 私は思わず声を上げて笑ってしまいました。


「フフフ。あのときは、あなたにも迷惑をかけましたね」

「そうですよ、お嬢様! 私は本気で死での旅になると思っていたんですからね!」

 アンヌは腰に手を当てて、大きく肩をすくめていました。

 それほどまでに、過酷な旅であったのは間違いありません。

「ええ、そうね。あんな遠くの領まで馬車で移動するなど、正気の沙汰ではないと言ったお父様の言葉を、実感いたしましたもの」

 それでも、私のわがままを聞き入れてくださったお父様には、今でも感謝しております。


 未婚の女性が旅をするなど、本来であれば考えられないことです。

 それでも許してくださったのは、傾いたブルネール家では、今後の良縁が見込めないとわかっていたからでしょう。

 現状でブルネール家に持参金が用意できるとも思えません。

 良くていずこの老貴族の後妻か、豪商の妻がやっと……。

 お父様は未婚の娘にそれは酷だと、哀れんでくださったのだと思います。

 けれどそれは、貴族家の当主としてはとても甘い考えです。

 それでも、お父様は私の希望を叶えてくださった。

 それはとても幸せなことです。



 ふと視線を上げて、小さな薬草畑を見回してみます。

 隅の方に、小さなイヌバラが揺れていました。

 かつて見たあのバラにはかなわなくとも、初夏に可憐なお花を咲かせてくれました。

 このバラからも秋にはローズヒップが採取できるでしょう。

 


 あれから私も、もう二十歳になりました。

 貴族令嬢としては、すっかり行き遅れです。

 幸いふたりのお姉様はスタンピード前に婚姻を結んでおり、後継の心配はありません。

 ならば私は無理に嫁がず、ブルネール領の役に立ちたいと思ったのです。

 愚かな選択だと、笑う人もいるでしょう。

 お母様もお姉様も、お義兄様たちも、「笑うやつがいたら敵を取ってあげる」と鼻息を荒くしていましたが……。

 お義兄様たちよりも、お姉様たちが実行しそうで心配です……。



 ラドクリフ領から戻って、私は薬草の研究を始めました。

 水の癒し魔法を活かして村々を巡回し、その土地の薬草を集め、今はこうして小さな薬草園を作ることができました。

 今はこのお庭で、見つけたカンファオールの種を育て、いずれは魔境の森の縁に植林できればと思っています。

 一緒に発見したチモリナール草の繁殖にも力を注いで、今はとても充実した毎日を送っています。



 あのバラ園の記憶が、いつまでも私の宝物なのです。




 *****


「マナヒ~キッカラ、プラーァチ草~~♪」

 メエメエさんは謎の歌を歌いながら、小さな箱に種の入った麻袋をつめ込んでいた。

 ふとメエメエさんは手を止めて保管倉庫に飛んでいき、目的のものを持って戻ってきた。

「おまけでローズヒップも入れてあげましょう。お茶にしてもよし、実生バラを育ててみるのも一興でしょう!」

 バラを種から育てるのは大変だけど、もしかしたら違う品種が咲く可能性がゼロではない。

 それを楽しんでみるのもありだろう。


 おまけを仕込んだ犯人はメエメエさん。

「これでいいですね。あとはウィン君に転送すれば完了です!」

 メエメエさんは満足げに叫んだ。

「私って、気が利く執事ですね! 優秀~~デッス!!」

 だれもいない保管倉庫で、ひとり叫んでいた。



 ****


 イヌバラは原種のバラです。

 ローズヒップは我が家のバラにも時々つきますが、それは花がら摘みを怠った証拠です(;’∀’)

 アーチの先端までは手が届かなくて、放置するとできます。

 中から種を採り出してヌルヌルを洗って乾燥させて、それを直播きすれば芽吹きます。

 まぁ、お花が咲くまでは数年待ってください。


 スタンピードが起ったのが六章で、アラベラさんがラドクリフ領に来たのは七章です。

 アラベラ様は性格の良い美人さん設定。

 黒髪の背筋がピンと伸びた、凛とした女性のイメージですね。

 アラベラというお名前は、クレマチスの品種からいただきました。

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