ルーク村無人無料配布所
お屋敷から緩く道を下ってゆくと、ルーク村入り口付近に、小さな無人無料配布所がある。
かわいい萌黄色の屋根が目印だ。
とは言っても、畑の隅に一軒の建物なので、目立つこと間違いなし。
その建物には扉が無く、壁ぎわには棚が設置され、中央にはテーブルが置かれている。
向かって右側の棚には、草木灰と肥料が小さめの麻袋に入って並んでいる。
左側の棚には野菜や植物の種が陳列されている。
中央のテーブルには採れたての野菜や果物が並ぶ。
そのテーブルの下には、大き目の麻袋に入った堆肥がギュウギュウに置かれていた。
無料無人販売所の店先には、野菜&草花の苗が路面にはみ出して置かれている。
これらは午前中にはだいたい無くなってしまうのだ。
陳列される種や苗は季節によって替わるが、草木灰&肥料&堆肥は常備されているので、いつ来ても手に入れることができる。
今日も村人がやってきて、目的の品を手にとっては持ち帰っていく。
「おお、堆肥はまだ残っているかな? ホップ畑に足しておきたいから、数袋もらっていってもいくよ」
中年のおじさんがやってきて、堆肥五袋を荷馬車に積み込む。
おじさんは棚の隅の見えないところに、大銅貨を五枚そっと置いていった。
次にやってきたのは村の奥さん仲良し三人組で、路面に置かれた鮮やかな花苗を吟味して、それぞれが三ポットずつカゴに積めて、そしてやっぱり奥の棚に小銅貨三枚を、それぞれが置いていった。
無人無料配布所ができた当初は黙って品物を持っていったものだが、最近はこうして気持ちばかりの金銭を置いていってくれるようになった。
その報告を受けたメエメエさんは考えた。
「いつまでも施しを与えているばかりではいけませんね」
そこでメエメエさんは無料配布所の奥に、目立たないように小さなお家型の貯金箱と、紙とペンと要望書入れを設置してみた。
生活に余裕がある人は、わずかな硬貨を入れていってくれればいい。
余裕のない人は今までどおり、無料で野菜を持っていって構わない。
ほかにもこんな植物が欲しいなど、要望書もチラホラと入るようになった。
貯金箱に貯まったお金を対価に、メエメエさんはかわいい雑貨を並べることにした。
かわいいパステルカラーの鉢やスコップ。動物のオーナメント。
女性たちにはおしゃれな作業用手袋&エプロン、麦わらに花柄模様の日よけを付けた農帽は大人気になった。
力仕事をする男性たちには、丈夫で滑り止めのついた厚手の作業用皮手袋が人気だ。
秋になると苗の替わりにリース作りの道具が並び、村のご婦人たちが殺到した。
冬になると薪が並び、防寒用の手袋や長靴が置かれるようになった。
この小さなお店はいつでも新しい商品が並び、そのどれもが瞬く間になくなっていく。
その店先で腕を組んで眉を下げるのは、ハルド商会のベンジャミンさん。
「なんとも、斬新な商品が並んでいますね。おしゃれさではかないませんねぇ……」
「あはは、そりゃそうよ! ここの品はどれもかわいくて目移りしちゃうからね!」
「そうそう! この手袋も花柄でかわいいの! 今度はお金を貯めて長靴を手に入れたいわね!」
「夏の農帽も柄違いで欲しいわ! 来年はエプロンと手袋とおそろいにしたいわね!」
居合わせた村の奥さんたちは朗らかに笑って、ベンジャミンさんの背中をバンバンバンと、豪快にたたいていった。
ちょっぴりよろけてしまったベンジャミンさんは、ため息をつくしかない。
商品の斬新さと華やかさでは完敗だった。
項垂れるその背中に、だれかが声をかけた。
「ここの品を参考にして新商品を開発し、それを他領で売ったらいいんじゃないですか~?」
ベンジャミンさんハッとして、声のしたほうに顔を向ける。
けれどそこに人影はなく、雪道を戻っていくご婦人たちの後姿が見えるばかり。
「んん? 空耳かな?」
しばらくその場で首をひねっていたベンジャミンさんも、急にシャキッと背筋を伸ばし、ドタドタと駆け足で村の中へ戻っていった。
何か妙案が浮かんだのかもしれない。
だれもいなくなった無料配布所の前で、姿を隠したメエメエさんが腕組みをして考え込む。
メエメエさんの視線の先では、暗躍部隊の黒子さんたちが、せっせと商品の補充をしていた。
無料配布所の品物が無くならないのは、彼らのお陰だったりする。
「来年はもっとおしゃれなガーデニングアイテムを、開発しなければいけませんね」
メエメエさんの瞳が怪しく光る。
その言葉に黒子さんたちも瞳を輝かせて、コクコクとうなずいていた。
ときに、旅人がこの小屋を見つけてやってくることがある。
村民ではない旅人には看板の文字がこう見えた。
『無人有料販売所・盗んだら呪われるぞ!』
悪いことをしていないのに、ちょっとドキッとするらしい。
実際に盗み出した冒険者がいたのだが、その冒険者はお店から一歩足を踏み出した瞬間に、どこかの森の中に飛ばされてしまったらしい。
その冒険者がどうなったかは、だれも知らない。
村の宿屋でも気にもされない。
「あの若い冒険者、どうしたんだろうね~」
夕暮れ時に宿屋のおかみさんが首をかしげていた。
「大森林で魔物に食われちまったか、無料配布所の品を盗んで、罰を受けたんじゃないか~?」
よくあることだと、ビールを飲んでいたおっさん連中が笑っていた。
まぁ、たまにある出来事らしい。
ちなみにこの無人無料配布所は、ルーク村とカミーユ村の住民をしっかり認識しているようだ。
それは各村に配置されたミディ部隊と、暗躍部隊によって住民調査がおこなわれているからである。
村人たちはラドクリフ領にいる限り、精霊さんたちに守られているのであった。
今日も今日とて、カミーユ村の商業ギルドから化粧品の集荷にやってきた職員が、無料配布所をのぞいていく。
「お! 新作が出ているな。何品か嫁さんに土産でも買っていくか。この手袋の柄がいいな! 銀貨数枚でもいけそうだが、ここではたったの小銅貨五枚か……。ビールもうまいし、街道も安全に往来できるようになったし、こっちに家族で引っ越してもいいかもなぁ……」
商業ギルドの職員さんは、そんなことを真剣に考えながら、たくさんの土産を購入してカミーユ村に戻っていった。
奥さんと子どもたちの、喜ぶ顔を思い描きながら。
「そんなわけで、新製品の開発をお願いします!」
メエメエさんはラビラビさんにグイグイ迫って、トルネードキックを食らっていた。
吹っ飛ばされたメエメエさんは、体を丸めてクルクル回転すると、壁を蹴って戻ってきた。
何事も無かったようにラビラビさんの前に立つものだから、ラビラビさんが切れるのはいうまでもない。
「そんなに頻繁に新作を要求されてもできません! 私の研究が進まないじゃないですかッ! メエメエさんがアイデアを出して、服飾工房に作らせたらよいでしょう!」
もっともなことを言っている。
プンスコするラビラビさんに、メエメエさんはキラキラ輝く瞳で叫んだ。
「それでは、星柄のモンペなどどうでしょう! 冴えないおっさん連中には、ド派手な龍のガクランなんかカッコいいかも! ド派手な紫のニッカポッカとか!!」
「却下――――ッッ!!!!!」
ラビラビさんが強力な前歯をむき出しにして、メエメエさんの頭頂部にかみついていた。
「痛いです! 私の美毛がぁ~~ッ?!」
メエメエさんデザインの新作が並ぶことは、まずないだろう……。
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