寒い冬の夜の激戦?!

 それはまだ、僕が小さかったころの思い出。


 暖炉のある談話室に、家族が集まって過ごしている。

 眠るにはまだちょっと早いので、レン兄とリオル兄が陣取りゲームをするようすを、僕はパパンに抱っこされてのぞいていた。

 ラグナードのジジ様から贈られてきた、昔からある貴族の子弟用の戦略を鍛える遊びだそうだよ。

 砦や山や川などが描かれた羊皮紙に、自由にコマを配置して、相手の陣地をいかにして攻略するかを競う。

 両者持ちコマの数は百。百一対百一で、早く将軍の元まで到達した者が勝ち。

 一から十までの数字が書かれた札をめくって、その数だけ敵の数を減して進むようだ。


「敵陣には少しずつしか前進できないから、山や川を利用してどこに味方を配置するか考えるんだ。配置数も自由だから、その辺が将軍の采配の見せどころだな」

 パパンがレン兄とリオル兄にレクチャーしている。

 これは初級編で、レベルが上がれば盤も大きくなって、味方の数も千や万に増えていくそうだ。

 上位の貴族家には立体模型の立派な盤上があるんだって。

 すごいね!

 有事のさいに指揮を執るための、これも立派なお勉強なのだそうだ。


 さっそくレン兄とリオル兄がゲームを開始する。

 レン兄は要所に均等に味方を配置し、リオル兄は変則的に配置している。

 こういうところで、その人の性格がなんとなくわかるよね。

 レン兄は正攻法、リオル兄は策略家かな?

「にいたまたち、がんばっちぇ~」

 パパンの腕の中で、モコモコ着膨れした僕がお手手をたたいて応援すると、兄様たちは笑ってうなずいていた。

 う~む。

 舌ったらずな僕は、まだまだ言葉が上手に話せないの。

 脳内ではこんなに活舌がいいのにね!

 僕は横目でゲームを見ながら、パパンとほのぼのキャッキャッと戯れる。

 まぁ、あんまりゲームには興味がないよね。

 しばらくするとうとうとしてきて、そのままパパンの腕の中で眠ってしまったんだよね。

 

 

 あれから、時は流れて。

 王都から戻ってきたレン兄と、カミーユ村から戻ってきたリオル兄とで、今は遊技場で陣取りゲームをしている。

「今回はタダでいいでしょう! 超サービスです!!」

 メエメエさんが渋々といったようすで、無料にしてくれたんだよ。

 レン兄は素直にお礼を言っていた。

「そうかい? ありがとう、メエメエさん!」

 白い歯がキラリと光ってまぶしいよね!

「へぇ、明日は槍でも降るのかな?」

 ボソッと余計なことをつぶやいたリオル兄には、メエメエさんの鋭い視線のビームが照射された。

 痛くもかゆくもなさそうだけど。


「まぁまぁ、せっかくなんだから、メエメエさんも見て楽しもうよ」

 僕はメエメエさんを捕まえて、一緒にゲーム盤横の椅子に座った。

 パパンとバートンも長椅子に腰を下ろして見守っている。

 レン兄の横にはジジ様がついて、リオル兄の横にはアル様がついているんだけど、武闘派と頭脳派の戦いになっているよね?

 大丈夫かな?


「本日は魔王城攻略戦です! 勇者レン兄上様が、魔王リオル兄上様の居城を攻略し、さらわれたラビラビさんを救出してください!」

 メエメエさんの恨みが込められた設定になっていた。

 見る間に盤上の風景が変わっていく。

 大きなお城の城門前に、レン兄の配下のゆるキャラさんたちが颯爽と並んだ!

 この盤上ゲームのキャラはみんなかわいいのだ!

 なぜならここは、僕の植物園内だから!!


「ほう、おもしろい設定だな。城の攻略とは斬新だぞ!」

 ジジ様が目をランランと輝かせ、喜色に満ちた声で叫んだ!

「やあやあ! いつかどこかで見た城だと思えば、これは『常若い国』の城だね! さらわれたのはラビラビさんか! そうかそうか!!」

 アル様はお腹を抱えて笑っていたよ。

 メエメエさん……。

 僕とパパンとバートンは苦笑するしかなかった。

 ちなみにカルロさんは反対側の長椅子に座って、涼しいお顔をしているね。

 レン兄とリオル兄はわけがわからないようすで、キョトンとしている。


 ネタにされたラビラビさんが背後に忍び寄ってきて、僕の肩によじ登り、メエメエさんの頭頂部をかじったよ!

「イタイイタイイタイ、デッス!!」

 メエメエさんはラビラビさんにかじられたまま、僕の背後に引きずられていった……。

 えぇ……?!


「坊ちゃま、後ろを振り返ってはいけません。さぁ、盤上に集中いたしましょう」

 バートンの言葉に、僕もパパンも静かにうなずいた。

 見てはいけないものってあるんだよ!

 

 背後でメエメエさんの悲鳴が聞こえた気がしたけど、気のせいだよね!



 レン兄の指示でゆるキャラさんたちが魔王城の攻略を始める。

 城門から突入すると、魔王配下のプーカに似た悪役さんたちが飛び出してきた。

「ほう! 敵キャラまでプーカと来るか! レン、遠慮はいらん! 雷魔法をぶちかませ!!」

「はいッ!」

 ジジ様の指示に疑問も抱かず、レン兄は素直に雷属性のキャラに指示を飛ばした。


 その声に反応して、ニイニイちゃんがポケットから飛び出していこうとするのを、僕はナイスキャッチで捕まえたよ!

「ダメだよ、ニイニイちゃん」

 メッ。

「ニィ……!」

 ジタジタしているけれど、僕は手を緩めなかった。

 すかさずバートンが一口シュークリームをニイニイちゃんに差し出して、見事に気を逸らしてくれたんだよ!

 ニイニイちゃんはご機嫌になって、パクパクとシュークリームを食べていたね。

 君もチョロ過ぎだね?

 

 そのころゲームの盤上では、プーカに襲いかかる雷がパチパチと爆ぜた!

「わ~、リアルだね!」

 僕が感嘆の声を上げると、パパンもうなずいていた。

「この盤上は現実に近い魔法の効果が見られるんだ。客観的に上から見るのは勉強になるぞ」

 ああ、うん。

 まんまゲームをふかんで見るような感じだねぇ。

 

 城門からお城までのあいだに配備された悪役キャラは、あっという間にレン兄に倒されていた。

 レン兄の勇者軍がお城に突入していく。

 その瞬間に画面が切り替わるように、盤上の風景も姿を変えた。

 立体模型のドールハウスのようなお城の階層が、盤上にせり出してきた!

 えぇ……?!

「大がかりな仕掛けだねぇ!」

 アル様が手をたたきながら大喜びしていたよ!

 僕はもう何も言えなかった。

 

 ここからはリオル兄のターンだった。

 それまでようすを伺っていたリオル兄が、今度は打ってでる。

 というか、今まで大人しかったのは、お城の内部に罠を仕掛けるためだったようだ。

 レン兄の仲間がお城に突入した瞬間に、暗黒の落とし穴が開いて、数名が脱落した。

「むむ、罠があるのか! みんな周囲に警戒しろ!」

 レン兄は真面目なお顔で、ゆるキャラたちに指示を飛ばす。

 かわいいゆるキャラさんたちは、シュタッと敬礼し、すぐに扉から離れて移動していく。

 ああ、うん。

 緊迫感とかわいさのミスマッチなせめぎ合いだね。

 魔王城のおどろおどろしさの中で、ゆるキャラさんたちがチマチマ動いて、罠をかいくぐり、悪役さんと戦闘を繰り広げていた。


 これを考えた人はだれなの?

「メエメエさんですね」

 バートンが真面目に答えてくれたよ。

 


 レン兄軍対リオル兄軍の戦いは熾烈を極め、どんどん魔王城の上階へと向かっていく。

 ついにレン兄軍が最上階に到達した時には、すでに数名の仲間しか残っていなかった。

 大広間の奥にはリオル兄似の魔王が玉座に座っていて、ラビラビさんっぽいウサギが天井から吊るされていた。

 メエメエさん、何気にひどくない?


 リオル兄の眉間に青筋が浮かんでいるんですけど!

 メエメエさんは日頃からリオル兄を魔王だと思っているってことッ?!

 ついでにラビラビさんの扱いが雑ッ!!


 ジジ様とアル様は大笑いしていた。

 パパンは口元を必死に引き結んで、笑いを堪えているようだった。

 僕はアワアワしつつ、見守るしかできなかったよ。

 だってほら、リオル兄の氷の視線が突き刺さってくるんだもん!

 このゲームを作ったのは僕じゃなくて、メエメエさんだからね!

 誤解はしないでね!!



 最終決戦。

 盤上ではラスボスとの戦いが繰り広げられ、うっかりラビラビさんっぽいお人形が爆風にあおられて吹き飛ばされ、場外の僕の足元に転がってきた!!

 白いウサギのお人形が真っ黒こげになっていたよ……。

「ご臨終ですね」

 バートンがそっとまぶたを閉じた!

 えぇ?!


「レン兄様! 人質が死亡しました――――ッ!!」

 思わず叫んだ僕に、レン兄はチラリと視線を寄こし、手の中の黒焦げウサギを一瞥しただけで、すぐに盤上に目を戻していた。

「済まない、ハク! 尊い犠牲だった!!」

 レン兄は非常な決断ができる人だった。

 ええ……。


 僕は手の中のラビラビさん人形が哀れになったので、そっと両手で挟んで弔いをしてあげたよ。

 安らかにお眠りください。

 ちょこっと浄化魔法をかけて奇麗にしてあげたんだ。

 バートンがそのようすを見て、優しい眼差しでうなずいていた。


 そうこうしているうちに、盤上では決着がつこうとしていた。

 魔王リオル兄人形と、勇者軍最強のゆるキャラが、剣を交えて交差した。

 一瞬の差で魔王がバタリと倒れる。

 ――――その魔王の足は鹿の脚だった。


 アル様は床に転げて爆笑していた!!

「なんと芸の細かい……!」

 ジジ様もパパンもカルロさんも、さすがに声を出して笑っていたよ。

 僕とバートンだけは、何とも言えない気持ちになっていた。

 メエメエさん……。


 盤上に大きく『勝者・勇者レンチーム』と文字が浮かび上がると、クルクルとエフェクトを飛ばしながら回転し、花火まで打ち上っている。

 ゲームが終わったあとは、レン兄とリオル兄以外の全員がドッと疲れていたよ。


 そしてリオル兄は静かに立ち上がり、さっきメエメエさんが引きずられていった方向に、颯爽と歩いていった。

「明日、無事にメエメエさんと会えるかな?」

「さて、明日のことはだれにもわかりません」

 だよね~。



 その後。

 メエメエさんは十円ハゲを複数作って、リオル兄に精霊魔力石を大量にカツアゲされたらしいよ。

 アル様の『髪がのび~るかもしれないお薬』を必死に頭皮に擦り込んでいた。

「効果があるなら俺も欲しいな……」

 ロイおじさんが自分の頭をなでながら、真剣な眼差しでつぶやいていた……。



※本編とは一切関係がありません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る