アンジーの独り言
父の元に昔の冒険者仲間である、暁の賢者から手紙が届いた。
おまけにバルジーク国の北方辺境伯家からも、一緒に手紙が届けられて驚いた。
「おお! アルとジルからだな! アルはともかく、ジルはまだ生きておったか!!」
失礼なことを言って、父はさっそく手紙を読んでいた。
ここは大陸南方の山岳地帯にあるドワーフ国。
鍛冶の国なんて呼ぶ人もいる。
ドワーフはエルフに次いで寿命が長く、平均して三百年は生きるのさ。
父の言葉どおり、人間とは生きる時間が違うため、昔の友人がとっくに死んでいたなんていうことは、案外よくあることだったりするのさ。
私が作業場で銀細工を作っていると、父が慌てたようすで駆け込んできた。
「アンジー! 俺はバルジークに行くぞ! そこでうまい酒を造る!!」
相変わらず、過程をすっ飛ばして結論だけ言うよね~。
興奮して大騒ぎしている父の背後から忍びより、首筋に魔法をまとわせた手刀をたたき込んで沈めた。
父はバタリと作業場の床に倒れ伏した。
やれやれ、世話の焼ける父親だねぇ。
倒れた父の手に握られた手紙を引っ張り出して、私は椅子に座って内容を確認した。
プライバシー? 何それ?
デリカシーの欠片もない、冒険者崩れの
暁の賢者と前ラグナード辺境伯からの手紙の内容はほぼ同じだった。
バルジーク国の最果ての地で、変わった酒が飲める。
新たに新酒を醸造するから、手伝いに来ないかと書かれていた。
「ふ~ん、新酒ねぇ……」
手紙を指でつまんでヒラヒラ振って、あたしは作業テーブルにほお杖をついた。
父が冒険者を止めてドワーフ国に戻ってから数十年。
祖国に戻って真面目に鍛冶の仕事をしていても、父はいつもつまらなそうにしていた。
数年前に母が病気で亡くなってからは、特に気が抜けたのかぼんやりと空を眺めては、飲んだくれていることが多くなった。
鍛冶の仕事も気が向いたときだけ引き受ける始末。
このままいったらボケるんじゃね?
そんな心配をしていた矢先に届いたこの手紙。
そうだねぇ。
ドワーフだからこそ、世界中のどこに行ったって、鍛冶と細工の仕事で食べていけるんだよ。
ここで腐って死んでいくよりも、新天地で新しいことを始めるのも悪くないかねぇ?
おもむろに部屋の内部を見回した。
この家もずいぶんと老朽化が進んでいるが、家財ごと売り払えば多少の金額にはなるだろう。
鍛冶と細工の道具はマジックバッグに詰め込めばいい。
あたしたちドワーフは酒と鍛冶場さえあれば、どこでだって仕事はできるんだ。
冒険者ギルドの依頼をこなしながら行けば、お金には困らないだろう。
そうと決まれば、父が寝ているあいだに、近所への挨拶回りと旅の準備をしようかね。
街の鍛冶ギルドで家の売却手続きもしないといけないね!
善は急げと、だれが言ったか。
さっそく出かけようじゃないか!
あたしは一目散で家を飛び出し、その日のうちに鍛冶ギルドで家の売却手続きを済ませた。
売れたら口座にお金を振り込んでもらえばいいし、売れなかったらそのままでも構わない。
近所の仲の良い友人に声をかけ、ついでに父の知人にも勝手に挨拶回りをしておいた。
その足で商店街へ走り、旅の準備と食料を調達してくる。
高性能のマジックバッグもふたつ買い足しておいた。
家に戻れば父を叩き起こし、すぐに旅の準備をさせる。
父は眠っているあいだに家の売却手続きが済み、友人知人への挨拶回りが終わっていたことに、呆気に取られていた。
「お前もついてくる気か……?」
ポカンと呆けながらつぶやいたので、あたしは父の背中をバンバンとたたいた。
「当たり前じゃないか! 父さんひとりで大陸の外れまで行けると思っているのかい? 道に迷って西にでも行っちまうのが落ちさ!」
「おお! 否定できねぇ!!」
父はあっさりと認めてガハハと大笑いしていたよ。
ほら、ごらん!
この父はあてにはならないだろう?
そうして、その日のうちに旅の準備を整えると、翌日にはバルジーク国を目指して出発した。
旅の途中で冒険者ギルドに立ち寄れば、ダメ親父が昔貯め込んだお金が、ギルドの口座にゴッソリ残っていて驚いた!
父はドワーク国に戻るときに、冒険者ギルドに廃業届けを出していなかった!
「お越しいただいて良かったですよ。あと少しで口座が自動解約されて、残ったお金は没収になるところでした」
ギルドの受付嬢はにこやかに説明してくれた。
冒険者は危険な職業で、生きて戻らない者も多いのだと言う。
生死が確認できれば身寄りにお金が支払われるが、行方不明の場合は一定期間凍結されて、その後は死亡扱いとなってギルドに没収される。
凍結期間のあいだに家族が引き下ろしに来る場合もあるが、ほとんどはギルドの運営資金に活用されるそうだ。
「その場合は新人の育成費用に使われます。ひとりでも多くの若者の生存確率を上げるために、貸し出し装備の補充整備や、講習費用にあてられています」
なるほど。
そういうことにしておいてあげるよ。
父をどついて残高を確認させ、当面の旅の資金を下ろしてゆく。
もちろんお金はあたしが管理するに決まっているさ!
もともと本業の貯えも十分にあったけれど、これで安心して旅ができそうだね。
「アンジー、小遣いをくれ!」
くれくれ親父がうるさいので、銀貨十枚を渡しておいた。
平民なら一箇月楽に暮らせる金額だが、バカ親父は数日で飲み代に溶かしちまった!
本当に、ダメ親父だね!
そんな調子で、途中魔物を狩ったり、人助けをしたり、手持ちの銀細工を露店で売ったりしながら、のんびりと旅を続けた。
普段はダメ親父でも元上級冒険者だっただけのことはあり、
あたしも母さん譲りの拳闘術で、オークを数十メーテぶっ飛ばしてやったさ!
仲間のオークも巻き添えにして、オーク数体がぶつかった樹木を数本粉砕して飛んでいった。
オークが止まったその場所まで、残った敵をぶっ飛ばしながら進んで、短剣で止めを刺してゆく。
それらをマジッグバックにしまって、ギルドで売り払えば小金になるのさ。
おや、暗い森がずいぶんと明るくなっちまったねぇ!
今日は豪勢にステーキでも食べようかねぇ?
お金に余裕ができたので、海に出て大型旅客船に乗り込み、思ったより早くバルジーク国のマーレ港に到着することができた。
陸路だと虫の魔境を迂回しなければならないのが面倒だからね。
虫だよ、虫!
気持ち悪いからあたしは嫌いだね!
あれは殴りたくないからね!!
「オークや魔牛は平気で殴るくせになぁ!」
横で父がガハハと笑っていたが、それはそれ、これはこれだぁね。
マーレからは街道を西に進み、ラグナードを通り抜け、手紙に書かれていたラドクリフ領のルーク村を目指す。
途中のカミーユ村では素敵な化粧品を手に入れることができた!
ハンドクリームなるものを手に塗ると、翌日には傷がきれいになくなっていたんだよ! 奇跡だね!!
トウリ化粧水と乳液をつければ、お肌の
あたしって、こんなに美人だったかしら?!
「あ~? 気の迷いじゃねぇか?」
デリカシーのない父は拳で沈めたさ!
商業ギルドの直営店で買い足そうとしたら、断られてショックを受けたよ!
「申しわけございません、お嬢様。こちらの商品は非常に人気が高く、入荷と同時に売れ切れてしまうのです。おひとり様おひとつと、販売を制限させていただいております。次回ご購入時に使用済み容器をお持ちくだされば、小銅貨一枚割引させていただいております」
美しい艶肌の売り子さんは、輝く笑顔でそう言った。
わお!
次も買いに来させる、画期的な商売方法だねぇ!
目的地のルーク村からは半日の距離だと言うし、日帰りで買い物に来るのも悪くないかもね!
あたしはルンルン気分で旅路を急いだ。
途中は魔物に出会うこともなく、お昼過ぎにはルーク村に到着したんだ。
ルーク村は白壁にカラフルな屋根の家々が立ち並び、軒先には草花が多く植えられていた。
村人の笑顔も明るく、長閑だけど居心地の良さそうな場所だった。
村の防護壁門を過ぎれば真っ直ぐに領主館が見え、そこへ続く道の両側には秋野菜がたくさん植えられている。
旅の途中で聞いたラドクリフ領の噂は良いものではなかったんだよね。
「ラドクリフ領に行くのかい? 止めときな! あそこは貧乏領で魔物しかいないぞ! ラグナードで十分だぜ!」
そんなことを言われたねぇ。
だけど、どうだろう?
垢抜けた都会のような華やかさはないけれど、いい空気であふれているじゃない!
あたしも父も直感でわかったんだ。
鍛冶を得意とするドワーフは、火と土の精霊の恩恵を受ける者が多いんだ。
姿は見えないけれど、ここには良い精霊がたくさんいるよ!
外れどころか、当たりを引いたんじゃないかい?
だってほら、おいしそうな匂いが、門の外まで漂ってきているじゃないか!
*****
アンジーさんは無表情クールキャラですが、内面はこんな感じです。
最後はバーベキューの匂いに釣られて、お酒でノックアウトされたようです。
アンジーさんが化粧品の製造元を知るのはいつでしょうね?( ´艸`)
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