キースの独り言

 俺の家は代々ラドクリ男爵家に仕える従士の家柄だ。

 平民ではあるが、ラドクリフ領内ではそれなりの家格になる。

 父ヒューゴは、現在ラドクリ家の従士長を務めていて、見た目はクマみたいに大きな男だ。

 一方母親はごく普通の体系で、年の割には美人な部類に入ると思う。

 俺のふたつ上の姉も、村ではちょっとした美人で名が知れているが、いまだに彼氏のひとりもいない。

 そんなことを口に出せば、グーパンチが飛んでくるので、絶対に言わない。


 それもそのはず、ルーク村では若い連中が少ない。

 数年前までは、成人と同時に村を出ていく若者が多かった。

 隣の家の兄ちゃんも冒険者になると言って家を飛び出していったきり、なんの音沙汰もない。

 貧しくてまともにつける職がない。

 それがルーク村だった。

 隣のカミーユ村はちょっとマシなだけだと、その兄ちゃんは言っていたっけ。

「ラグナードに出て、ダンジョンで大儲けしてやるぜ!」

 そんな夢みたいなことを言っていた、大ばか者だ。

 隣の家のおじさんとおばさんは、もう生きてはいないだろうと、諦めているようだった。


 ラグナード領のダンジョンは、上級冒険者でなければ立ち入れない、危険度マックスの最上級ダンジョンだ。

 冒険者になったからといって、おいそれと挑める場所ではない。

 新人冒険者から上級に上がれるのは、ほんの一握りだ。


「この森で魔熊も狩れないヤツが、よそに行って魔物と戦えるものか」

 父がそんなことを言って、母さんにはたかれていた。

「ここの魔熊は特別よ! 一刀両断するあなたがおかしいのよ! 一緒に考えちゃダメよ!」

 ああ、うん。

 親父はちょっと脳筋なところがあると思う。


 俺はどっちかっていうと母さん似で、親父ほど大男じゃない。

 できればクマとは呼ばれたくない。


 従士の倅に生まれたからには、幼いころから徹底的に戦う術をたたき込まれた。

 親父が出かけているあいだは、ばあ様が剣の指導をしてくれた。

 このばあ様は年の割に、動作も剣の腕もすさまじい。

 それもそのはず、ばあ様のスキルは『剣豪』というレアスキルだった。

 若いころは冒険者をしていて、上級まで上り詰めたらしい。

 このばあ様のおかげで、我が家にはマジックバッグが複数あったりする。

 ばあ様とじい様がどうやって出会ったかは知らないが、よくもこんな僻地まで嫁いで来て、落ち着いて生活ができたものだ。

 我が家の七不思議のひとつだぜ。

 七つあるかは知らんけど。


 肝心のじい様は、俺が生まれる前に、魔物の討伐で戦死したそうだ。

 村の近くに巨大なオーガが現れて、それを倒した名誉の戦死だったそうだが、死んでからでは名誉もクソもない。

 そのころ親父もまだまだ若かったから、家はばあ様が切り盛りし、守ってきたそうだ。

 俺のばあ様は、そんじょそこらの男よりも男らしい。

「よそ見をするでない! 考えごととは余裕だなぁ?」

 ハッと気づけば、木剣を脇腹にたたき込まれ、庭の垣根まで吹き飛ばされていた!

 俺のばあ様は鬼ババァだった!


 庭で悶絶して転がっていると、ちょうど帰ってきた親父に担ぎ上げられ、家に運ばれた。

「口は災いの元だぞ」

「口に出してねぇ……」

「……そうか、まぁ、うまくやれ」

 親父はあんまり役に立たない。



 そんな俺も十五歳で成人を迎えると、いよいよラドクリフ家に従士見習いとして出仕する日が来た。

 その前日の夕方、庭で素振りをしていると、近所に住むケビンさんが冷やかしにやって来た。

「おお、お前ももう成人か! いや~でっかくなったな! この前まではこ~んなに小さかったのにな!」

 ケビンさんは自分の膝のあたりを示して言った。

 いつの話しだ?

 幼児か?

「あ、間違った。これはハク坊ちゃんだな。ハク坊ちゃんはなぁ、ちっちゃくてかわいいぞ! ハク坊ちゃんとは仲良くなっとけよ。上のリオル様は男の敵だな! 美形過ぎて娘には見せられんぞ!」

 あっはっは~! と大笑いしていた。

 あんたのところは息子ふたりだが。

 その声を聞きつけた奥さんが玄関から飛び出してきて、「あんた! 近所迷惑だよ!」と叫んで、おっさんの耳を引っ張っていった。

 どこに家も上下関係は変わらないようだった。



 翌日、出仕早々に魔物狩りの試験がおこなわれることになった。

 孤児院出身だという使用人三人も、一緒に森に入る。

 この三人は屋敷警備の従士予定で、戦闘員とは違うのだそうだ。

 四人で協力して魔物を狩るのが今日の目的で、試験官は前従士長のロイ様と、従士のイザークさんだった。

 イザークさんは、相変わらずのイケメンだった。


「最近はこの辺に大物はおらんが、野生の獣は普通にいるから、探索しながら進め」

 ロイ様の指示に従って、森を探索しながら進む。

 俺はばあ様に何度も拉致られてきたことがあるから慣れたものだが、ほかの三人は初めてのようで、おっかなびっくりなようすで、風の音にもビクついていた。

 けれどみんな真剣な表情で、必死に周囲を見回している。

 それじゃぁ、疲れちまうぜと思ったが、俺だって最初はこうだった。

 だれだって最初から何でもできるわけじゃない。

 ばあ様に言って聞かせたい言葉だぜ……。


 しばらく進むと、木の陰で草が揺れ、そこからいきなり角兎が飛び出してきた。

「わぁ!」

 小柄なノエルが体を折るように曲げてかわし、尻餅をついていたが、驚いたエリックが思わずと言ったように剣を振り下ろすと、運よく角兎の胴体に当たった!

 ビリーが叩き落された角兎の首に剣を突き立てる。

 一瞬の出来事だったが、見事な連携(?)で角兎を討伐していた。

 ノエルは座り込んだまま、お腹をさすっていた。


 あれ、なんか今、ノエルが突き飛ばされたように見えたのは、俺の気のせいか?

 ロイ様とイザークさんは、何やらニヤニヤと笑っていた。


 そんな俺らの油断をつくように、藪の中から一頭のボアが飛び出してきた!

 三人は動転して動けない。

 俺は三人の前に立ちはだかり、向かってくるボアと対峙した。

 このくらいの獣ならわけもない。

 両手剣を構えて、向かってくるボアをすれ違いざまに一閃する。

 鈍く重い衝撃が腕に伝わり、剣が鋭く肉を絶つ。

 剣に魔力を載せて一気に振り抜けば、一瞬あとに、ボアはドウッ! と倒れ伏した。


 ばあ様仕込みの剣技を見ろ!


 ボアが倒れ込んだ先はノエルの前だったらしく、「ひえぇぇ~?!」と叫び声が聞こえた。

「ああ、すまん、すまん」

 一応謝っておいた。

 俺は悪くないけどな。


 イザークさんが手早く獲物をマジックバッグにしまうと、「次に行くぞ」と言った。

「血の匂いのするところに、長居は無用だ」

 ロイ様がそう言って、さっさと先に進んでいってしまう。

 エリックとビリーが慌ててノエルを立たせると、一瞬ノエルの体が光ったように見えて、そのあとは普通に歩いていた。


 なんだ?

 何かがおかしい。

 そう感じたが、今は考えごとをしている場合ではない。

 その後も俺たちは狩り続け、追加で四羽の角兎を仕留めた。

 帰り道で、たまたま上空をクエクエ鳥が飛んでいるのを発見し、イザークさんが見事な弓術で射落としていた。

 クエクエ鳥など、こんな森の浅いところに出る魔物ではない。

 角兎もボアもクエクエ鳥も、何だか都合が良いように現れていた気がする。

 まぁ、そんなことはあり得ないのだが……。

 腑に落ちないものを感じつつも、俺たちは全員無事にルーク村に戻ってきた。


 俺にしては物足りない試験だったが、ほかの三人にはずいぶんと堪えたようで、屋敷へ着くなりへたり込んでいた。

 そこに老齢の男性がやってきて、ビリーたちを「よくやった! 上出来だぞ!」とほめて、頭や肩を撫でさすっていた。

 三人もすごくうれしそうに、泣いていた。

 ほかの従士たちも肩をたたいて労いの言葉をかけていった。


 俺はボッチで立ち尽くしていた。

 何か俺だけ空気が読めず、非常に気まずい……。

 何でだ?


 試験の結果は当然、合格だ。

 従士見習いの制服をもらって、その日は帰路に着いた。

 母さんと姉さんは素直に喜んでくれたが、ばあ様は俺が帰るや否や、「鍛錬するぞ!」と言って、庭に俺を連行していった。

 今日ぐらい、鍛錬はなくてもよくないか?

「たわけーッ! 弛んでおるわ!!」

 キエ――ッ!

 真剣で切りかかるのはやめてくれ!

 マジ勘?!



 翌日、真新し制服を着てお屋敷に出仕すると、ラドクリフ男爵にご挨拶をし、お言葉をいただいた。

 三人も俺とはデザインの違う制服を着て、一緒に並んでいた。

 晴れ晴れとした顔をしていたのが印象的だった。


 その後は従士の先輩方にご挨拶して、屋敷内の立ち入ってよい場所を教えられる。

 途中で例の美形男子にも遭遇した。

 確かに、若い女が見たら卒倒しそうな美青年だった。

 目がチカチカしたぜ。

 姉さんには絶対に見せられないな……。


 最後に屋敷の離れと言うところに連れていかれた。

 ここには高名な暁の賢者様が逗留されているとのことだ。

「もう居ついて、出ていかんと思うがな!」

 ケビンさんは相変わらずの軽いノリで笑っている。

 あんたには、暁の賢者に対する遠慮と尊敬の念はないんだな……。

 それだけはわかった。


 離れという場所は、なんともかわいらしい建物だった。

 左右一対の猫の置物がある門の前で待っていると、暁の賢者様と小さなお子様が歩いてでてきた。背後には執事様の姿も見える。

 ケビンさんはニカッと笑って手を上げた。

「おお、すみませんね! 新しい従士見習いが入ったんで、ご挨拶にやってきましたよ。彼は従士長の長男でキースと言います」

「おお、それはよろしく頼むよ」

「よろしくね?」

 暁の賢者様と坊ちゃんに、「よろしくお願いします」と頭を下げている横で、ケビンさんが「これでも腕は立つんで、今後は坊ちゃんの護衛を任せますよ」と言っていた。

 えぇ?

 見習いが坊ちゃんの護衛?

 聞いてないぞ?


 坊ちゃんと呼ばれた、小さな女の子みたいな男の子(?)も、キョトンと首を傾げていた。

 ケビンさんはだれのことも構わずに、勝手に話を進めていく。


「なぁに、坊ちゃんは庭先をチョコチョコ歩いているだけだから、お前さんでも十分護衛が務まるさ! お前はまず、坊ちゃんの周囲に気を配れ! お前は監視されている!! 嫌われたら、ステルス膝カックンだけじゃ済まなくなるぞ!!」

 そう言って、先にお屋敷に戻っていったケビンさんが、なぜか途中でカクンと転げていた。

 なんだあれ?


 後ろで暁の賢者様は腹を抱えて笑っていた。

 何が起きているのか、俺にはさっぱり理解できなかった。



 そうして俺は、本当に時々、坊ちゃんの護衛をすることになった。

 坊ちゃんはこれでも十二歳男子だという。

 それを聞いたとき、思わず二度見してしまった。

 どう見ても十歳くらいにしか見えない。

 ついでに男の子なの?

 詐欺じゃね?


 小さい坊ちゃんは幼いころ魔力過多症で、ずいぶんと苦しまれたそうだ。

 今は克服したそうで、普通に歩き回れるが、成長が遅く、全体的に動作が遅い。

 チマチマとマイペースに歩いて、動物と戯れていた。

 ハク坊ちゃんは超箱入り息子のようだった。


「坊ちゃんは、ぶっちゃけ鈍臭いから、何かあったら抱えて逃げろ。執事のバートンさんはタダ者じゃないし、坊ちゃんの周りには強力な護衛がいるから、お前は坊ちゃんの盾になることだけを考えろ!」と、イザークさんが普通に言った。

「坊ちゃんを泣かせたら首ッスよ! 超過保護が鉄則ッス!! 坊ちゃんは赤ん坊と一緒!」と、ルイスさんが笑って言った。

「神です! 大事にしないと、天誅が下ります!」と、テオさんが真剣に言った。

「背後に黒い影がいます! 嫌われると闇討ちに合います!」と、ライリーさんが真摯な顔で言った。

 従士の先輩の助言なのか何なのか?

 正直、この人たちは何を言っているんだ? と思った。

 マジで心配になった。

 口にも顔にも出さないけど。


 俺、ここでやっていけるのか?


「大丈夫だ、なんとかなる。いいか? お前は死んでも、坊ちゃんは絶対に守れ!」

 親父が肩をたたいていった。

 えぇ?

 ひどくね?


 こうして謎の生物坊ちゃんと、時々屋敷外へ、畑の見回りと言う名の散歩に出かけることになったのだった。




 ***


 角兎とボアを追い立て、ノエル君を突き飛ばしたのはミディ部隊です。

 ノエル君に回復魔法もかけてくれました。

 その後も親切に獲物を追い立ててくれるという、接待のような試験だったという落ちです。ロイおじさんとイザークには見えていたので、ふたりは笑っていました。

 キースは見た目は無表情ですが、中身はおもしろキャラのようです。

 いずれはハク専属の、立派な護衛に成長してくれる予定です。

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