ビクターの独り言

 ラドクリフ領にいる父から手紙が届いた。

「そろそろ戻って、レイナード様にお仕えしなさい」と書かれた手紙に、少しばかりの寂しさを覚えた。

 元々私がレイナード様にお仕えすることは決まっていたことだ。

 執事見習いの修業にラグナード家へ来たときから、いつかは戻ることがわかっていた。

 妻のリリーと結婚するときも、いずれは最果てのラドクリフ家に戻ることを伝えていた。

 リリーはラグナード家に仕える衛士の娘で、ここで出会って結婚した。

 ラドクリフ領に比べればラグナードは大都会だ。

 大都会でしか暮らしたことのないリリーが、僻地の過疎村で生活していけるのかと、私は不安を覚えていたが、リリーは「田舎暮らしも楽しみね」と、あっけらかんと笑っていた。

 リリーはラドクリフ領のあの貧しさを知らない。

 行ったところで、すぐに音を上げることも覚悟した。


 ひとり息子のミケーレは、少しおとなしい性格で、人見知りの傾向があった。

 ラドクリフ家に戻ると伝えたときも、「わかりました」と言っただけで、素直に従っていた。

 ミケーレにとっては、ラドクリフ領で揉まれることで、心身の成長につながると願いたい。


 今回ラドクリフ領に向かうのは、私たち家族のほかに、料理人のジェフがいた。

 彼は腕はいいが、料理長と仲が悪く、粗雑に扱われ腐っていたところを、前辺境伯様に「ラドクリフ家に行ってみないか?」と誘われて、あっさりと同行することを決めたそうだ。

 少々性格に難がありそうだが、料理に対する熱意は人一倍といったところか。

 それなりに腕も立つというので、ラドクリフ家でもやって行けるかもしれない。


 出発の日は王都から戻ってきた、ラドクリフ家のご嫡男レン様と、ラグナード家のご三男カイル様が同行する。

 レン坊ちゃんは何度かお会いしたことがあったが、王都に行って一回り成長されたようだった。

 益々レイナード様に似てきたと、ラグナード家の家令も目を細めていた。


 レン様の下には、次男のリオル様と三男のハク様がいらっしゃる。

 末のハク様は魔力過多症で成長が遅く、非常に小さいと、父の手紙に書かれていた。

 アリスリア様のことがあったので、考えると少しばかりの不安を覚えた。



 ラグナード領都から三つ目のコラール村までは馬車旅で三日。

 そこからカミーユ村を通って、ルーク村までは丸一日の旅程だ。

 農村間の景色はどこも大差ないが、カミーユ村からルーク村の街道沿いに異変を感じた。

 街道の両脇に、点在するように魔除草が植えられているではないか!

 この草があるだけで、危険な魔物を退けることができると言われている。

 栽培が不可能とされる植物が、株間は広いが等間隔で並んでいることに、私たち一行は驚いた。

 レン様だけはニコニコ笑って「犯人はハクかな?」とつぶやかれていた。

 ハク様が五歳の誕生日に農業系のスキルを得たことは知っていたが、よもや魔除草の栽培に成功したと?

 私は半信半疑で、その異様な光景を眺めていた。


 ルーク村に到着すると、やはりあちこちに魔除草が植えられていた。

 村内では子供たちが防護壁の壁際に、手際よく苗を植えつけていて驚いた。

 その表情の明るさにも。

 

 ルーク村を抜けるとさらに驚くべき光景が広がっていた。

 ラドクリフ家の屋敷前に広大な畑が作られていたのだ!

 あの荒野に一本の道しかなかったはずなのに、今は青々とした野菜が葉を茂らせていた。畑の一角はすでに収穫が終わったのか、奇麗に整理されていた。

 目の前の光景が信じられず、私はぼんやりとしていたが、リリーは楽しそうにミケーレに話しかけていた。


 正門をくぐり屋敷のエントランスに到着すると、レイナード様とおふたりのお子様の姿が見えた。もちろん、我が父とアリスリア様の侍女だったマーサ様の姿も。

 レイナード様は前辺境伯様とご挨拶され、次いでカイル様、レン様もあとに続いてご挨拶されていた。

 私がご挨拶させていただいたころ、横で小さな騒ぎが起こった。

 レン様が小さなハク様を強く抱きしめ過ぎたようで、ハク様が気を失われてしまったのだ。

 ちらりと見たハク様は、六歳というのはあまりにもお小さく、年老いた父に軽々と抱えあげられて、お部屋へ運ばれていった。

 レン様はガックリと肩を落とされ、カイル様がその背をバンバンたたいていた。

 おふたりは前辺境伯様に襟首を掴まれ、どこかへ行ってしまった。

 ご愁傷様です。

 私は瞑目した。



 それからは屋敷の仕事を引き継ぐために、父について回った。

 辺境の貧乏ラドクリフ家の執事の仕事は多岐にわたる。

 雑務の方が多いくらいで、帳簿付けなどはさほど時間がかからない。


 屋敷の中はともかく、裏庭にはたくさんの畑ができあがっていて、またしても驚くことになった。

 畑のお世話は、小さなハク様がせっせとおこなわれていた。

 だれかに話しかけるように、独りでおしゃべりしながら、楽しそうに笑っている。

 手の届かないところは、通りすがりのトムが誘引を手伝ったり、従士が肩車したりしていた。

 わが父も好々爺然と、ハク様に寄り添って手伝いをしている。

 小さなハク様から目が離せないようだ。

 現に「お前に仕事を引き継いだら、私はハク様の侍従としてお仕えします。レイナード様をよくお支えするように」と私に言った。

 レン様でもリオル様でもなく、なぜ末のハク様なのか?

 不思議に思って首を傾げたものだ。


 その意味がわかるまで、もうしばらくかかった。

 ハク様が独りでお話していたわけではないことも。

 父がハク様に肩入れする理由も。


 貧しいラドクリフ家が豊かに変わっていくさまを、私は目の当たりにすることになる。

 それは当初想像していたよりも、はるかに明るく希望にあふれていた。


「田舎の生活も悪くないわ! おいしい野菜を食べているせいか、お肌もよくなってきたのよ! 空気もおいしいし、ラグナード家の侍女仕事より忙しくないし、私はここにこれて幸せよ」

 リリーは明るく笑ってそう言った。

 マーサ様ともうまくやっているようで、私は胸をなで下ろした。


 息子のミケーレはまだまだ慣れないようすだが、リオル様に勉強を見てもらったり、従士と鍛錬をしたり、なにかと忙しそうにしている。

 あの子もここで、次代のレン様に仕えることになるのだ。

 少しずつ、その自覚が芽生え始めているようで、何事にも真剣に取り組んでいるようだ。


 貧しく暗い時代は終わりを告げたのだ。


 そのことに気づいたとき、レイナード様がおっしゃった。

「面倒をかけるが、ハクとラドクリフ領を守る助けになってくれ」

 私はにっこりと笑って、しっかりとうなずいた。

「かしこまりました。誠心誠意お仕えさせていただきます」




*バートンさんを『年老いた』と表現していますが、まだ54歳くらいです。

 現代では、まだまだ現役世代ですが、この世界では50過ぎればリタイア扱いです。

 バートンさんはこの後、ナガレさんの聖水で長生きしますので、ご安心ください(*^-^*)

 それにしてもビクター、掴みどころのない男でした……(笑)



 

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