トムの独り言
「トム――! うまごやに、はいってもいい――?」
馬小屋の中で作業していたあっしの耳に、幼子の高い声が聞こえて振り返ると、そこには小さなハク坊ちゃんがいて、馬小屋の入り口からこっちをのぞきこんでいた。
馬小屋に入ってはいけないといった言いつけを、しっかり守っていらっしゃる。
「へぇ、あっしに御用ですかい?」
馬小屋の掃除を中断して、服についたホコリを払うと、ハク坊ちゃんのそばへ歩み寄った。
坊ちゃんの前に着くと、しゃがみこんで目線を合わせる。
村の同年代の子より小さいハク坊ちゃんは、全体に小さい作りをした人形のようなお子だった。
その澄んだ青空のような大きな青い目と白銀の御髪は、馬屋には不釣り合いであったが、当の本人はまったく気にしていないようだった。
「まよけ草の苗をだしてもイイ? おイモさんも村にもっていってほしいの。ついでにこじ院にもおやさいを届けてきてね」
ニコニコと矢継ぎ早に話すお姿に、ほっこりする。
今日これから村に物資を運ぶ予定を知って、お屋敷から走ってきたようだった。
「へぇ、今馬車を用意しますんで、離れたところで待っていてくだせぇ」
「あい!」
元気に返事をなさって、馬小屋の外へトコトコ走っていきなさる。
頼りない足取りの後ろ姿を、転ばないかとハラハラしながら見守っていると、従士のヒューゴがとおりかかり、ハク様をヒョイと捕まえて肩車していた。
馬小屋前の広場の反対側へ移動し、そこで馬車を待つようだ。
ふたりはなにやら楽しそうに話をしている。
ハク坊ちゃんのそばには、小さな小人たちも集まってきていた。
なんとも不思議な光景だが、もうすっかり見慣れたものとなった。
あっしは掃除道具を隅に寄せると、急いで荷馬車の準備をする。
村までなら軍馬一頭で事足りるので、馬小屋から栗毛の牝馬を連れて、馬車庫に移動すると、手早く馬車に括り付ける。
準備ができたので、荷馬車を出して馬小屋の前に停車すると、ヒューゴが近づいてきて、荷馬車の後ろにハク様を乗せた。
「ありがとー、ヒューゴ」
ハク様は元気にお礼を言って笑っていた。
素直で愛らしいお子の姿に、あっしもヒューゴも目尻を下げた。
あっしも荷台に乗り込んで、奥に行けば準備万端。
ハク坊ちゃまが魔法のスキル倉庫から、ジャガイモが入った麻袋をどんどん取り出し、あっしが袋を立てるように隙間なく並べていく。
次に魔除草の苗が入ったトレイを取り出し、それをイモ袋のうえに並べていく。
半分進むと、今度は堆肥の入った麻袋を並べ、野菜を並べ、そのうえに魔除草の苗を並べ、あっという間に荷台は満杯になった。
最後はヒューゴがハク坊ちゃんを抱え下ろして終了だ。
ハク坊ちゃんはヒューゴに、馬の方に回るように指示し、牝馬にニンジンやらリンゴやらを与えていた。
馬たちもハク坊ちゃんがおいしい餌をくれると知っていて、餌のお礼に甘噛みして、坊ちゃんをよだれまみれにしていた。
いつもの光景に、ヒューゴもあっしも大笑いしたものだ。
あっしがラドクリフ家に馬屋番の見習いで雇われたのは、十三の歳のことだった。
父親を早くに亡くし、ひとりで家族を養う、おふくろの手助けをするためだった。
あっしのしたには幼い弟妹もいたので、あっしが働きに出るしかなかった。
運よくご領主様の馬屋番に雇っていただくことができたのも、あっしのスキルが動物使いだったからだろう。
当時はまだ先代様の代で、今よりも争いごとの多い時代だった。
あっしが弟子入りした馬屋番の親方は、隻腕に足の悪い人だった。
若いころは従士として仕え、魔物との戦いで片腕を失い、馬屋番になったのだそうだ。
足は若いころの無理が祟ったとボヤいていた。
その親方には「たとえ馬屋番でも、戦えるようになれ!」と散々しごかれ、馬の世話以外にもいろいろと叩き込まれたものだ。
おかげで従士には及ばずとも、その辺の若い者には負けないと自負するまでになった。
二十を過ぎたころに、近所の働き者の娘と結婚し、男の子をもうけたが、数年後の流行り病で妻子を亡くし、それからはずっと独り身を貫いている。
あの流行り病のときは、村人の三分の一が死んだ。
暗くひどい時代だった。
先代の大旦那様も「われが不甲斐ないばかりに、済まない!」と嘆き悲しんでいらした。
村が裕福であれば、医師を雇い、あるいはポーションが人数分手に入れば、救える命があったはずだと、男泣きされていた。
男気のあるお方だった。
時代が変わり、レイナード様の代になっても、村の貧しさは変わらなかったが、ラグナード辺境伯家のご令嬢を奥方に迎えられてからは、援助を受けながらも、よく治められていたと思う。
そこに転機が訪れたのは、末のハク坊ちゃんが農業系のスキルを得てからだろう。
去年はハク坊ちゃんのジャガイモのおかげで、餓死者を出さずに済んだ。
新鮮な野菜のおかげで、屋敷で働く者たちの体調がよくなってきた。
今年は屋敷前に大きな畑を作られ、小人たちと作物を植えなさった。
ハク坊ちゃまは「むらをげんきにするのー」と朗らかに笑っていた。
屋敷から村への道は、青々と茂った野菜が元気に育っていて、豊作間違いなしだろう。
そして、その道の両脇に植えられた、魔除草に目をやる。
この植物のおかげで、ラドクリフ領は大きく変わり始めたのだ。
長い暗闇に灯る光明のように。
鮮やかな緑が大地を彩るさまに、知らず口角が上がるのを禁じ得なかった。
あとがき
父方の爺様と個性的な元従士が出てきました。
この辺は全く考えていないかったので、今のところ本編に出る予定はないです。
なんだか生きているような気がします……。
パパンに爵位を押し付けて、旅に行っちゃったのかも知れませんね。
この物語のお年寄りは自由人ばかりですから(笑)
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