バートンの独り言

 ハク坊ちゃまはひとり部屋を与えられてから、少しずつ言葉がはっきりして参りました。

 多少なりとも自立心が芽生えたのでございましょうか?

 単語で紡がれていた言葉が文章になり、たどたどしくも一生懸命お話しされるさまは、非常に愛らしいものでございました。


 そのころから、自分でお着替えをされるようになりました。

 最初のころはボタンのかけ違いもありましたが、「マーサ、なおしてー」と素直にマーサにお願いしている姿を、微笑ましく見守っていたものです。

 着衣をなおし、跳ねた髪の毛をすいてやれば、にっこりとほほえまれ、ご機嫌なようすで旦那様や兄上様方にご挨拶をされておいででした。

 


 ラドクリフ家は代々苦労して、細々と存続してきた家柄でございます。

 それまでのラドクリフ領は非常に貧しく、食料の確保もままならない年もありました。

 土地は痩せて作物が育ちにくく、冬には餓死者が出てしまうこともあり、旦那様は常に苦心しておられました。

 危険な大森林の中にある領であるため、日夜魔物の脅威にも脅かされておりました。

 

 そのような状態でしたが、旦那様はお子様たちには、できるだけ栄養のある食事を与えようと、努力なさっておいででした。

 自ら大森林に赴き魔物を狩り、その獲物から得られる魔石や素材で、近隣から食料を買い集め、村人に配り、お子様たちに与えておられたのです。

 幸いなことに、小規模ながら村で酪農をしていたため、ミルクや卵の入手が可能でしたので、幼子のハク坊ちゃまのお食事を賄うことができました。

 とはいえ、ミルク粥に少しの野菜スープをお出しするのがやっとのありさまでした。

 ハク坊ちゃまの成長が遅い、一要因であったことは否めません。



 転機が訪れたのは、ハク坊ちゃまの五歳のお誕生日でございます。

 ハク坊ちゃまが『植物栽培スキル』を賜ると、少しずつ変化が現れ始めました。


 それまでもお庭で遊んでいることが多かったハク坊ちゃまが、ある日裏庭の隅で土いじりを始め、あっという間に小さな畑ができ上がりました。


 トムに言われて坊ちゃまを観察していたところ、突然魔法陣が浮かびあがり、そこから堆肥や苗が飛びだしたときは、驚嘆してしまいました。

 堆肥と土がモコモコと混ざり合うさまは、なんとも愉快な動きであり、坊ちゃまが小さな手で苗を植えつけるさまは、一生懸命でいとけないものでありました。

 

 さらに、畑のうえに小さな雨雲ができて雨を降らせたときは、わが目を疑いました。

 手をたたきながらピョンピョンと跳ねて喜ぶ、ハク坊ちゃまの愛らしいことといったら。


「なんとっ⁉︎」

 53年生きて来て、初めて目にする光景に、私は思わず声をあげてしまいました。

 私とトムに気づいた坊ちゃまは、驚いた顔で振り返ると、小首を傾げて雨雲を紹介してくださいました。

「ジョウロたんとうの、くものクーさんです。よろしくね」

 はにかんだようすで、上着の裾をキュッとにぎりしめ、ちょこんと首を傾げる姿に、私としたことが、うっかりメロメロになってしまいました。


 申し訳ございません、少々取り乱しました。

 コホン。


 その後は光る球体が現れて、日当たりの悪い裏庭を照らし始めました。

 太陽のピッカちゃんとおっしゃるそうです。

 またあるときから、ハク坊ちゃまと一緒に庭仕事をする、ポンチョ姿の小人が現れました。

「みどりのこが、グリちゃんで、ちゃいろのこが、ポコちゃんだよー。よろしくねー」

 そう言って三人でペコリとお辞儀をされたときは、マーサとふたりで相好を崩したものです。

 それからはいつでも三人一緒に行動するようになりました。



 雲のクーさんと太陽のピッカちゃんは、冬のあいだも屋敷のお手伝いをよくしてくれていました。

「かぜのこはフウちゃんだよ。フウちゃんはねー、はずかしがりやさんなのー」

 見えない子がもうひとりいるようでしたが、その子も知らずにお手伝いをしてくれていると、マーサが申しておりました。


 ハク坊ちゃまの小さなお友たちは「せいれいさん」なのだそうで、徐々に家の者にも認識されるようになっていきました。

 私たちが見えるようになったというよりは、彼らの信頼を得ることで、見せてもらえるようになったということでしょう。


「ハクが心から信頼し、敵意のない味方だと認められた者だけに見えるのだろう」  

 旦那様がそうおっしゃっておいででした。

 私もそのように感じられました。

 それからは、ハク坊ちゃまと同じように、精霊さんたちを扱うようになっていきました。

 かわいい子どもが増えたと、マーサは喜んでおりました。


 

 その年の冬は、ハク坊ちゃまのスキルのおかげで、食料の心配もなく越すことができました。

 ある日突然、倉庫にジャガイモやライ麦粉がたくさん置いてあったときは、トムも慌てていました。

「きっとハクの仕業だろう。今は黙って恩恵にあずかろう」

 旦那様のご指示で村に配給して周ることができ、その年は餓死者を出さずに済みました。

 


「決してハク坊ちゃまのスキルのことを、外に漏らしてはいけません。たとえ家族であってもです」

 これはラドクリフ家に仕える、従士と使用人で取り決めたことです。

「ハク坊ちゃまは、この村に必要な大切なお方です。決して何者にも奪われてはなりません。我々が身命を賭してお守りするのです」

 ハク坊ちゃまには、いつでも笑って、楽しくお過ごしいただくのが我々の使命です。

 そう、みなで固く誓い合ったのです。



 さて、私は久しぶりに息子夫婦へ手紙でも書きましょう。

 そろそろ仕事を引き継いで、私はハク坊ちゃんのお側にお仕えいたしましょうか。

 きっとまた、たくさん驚かされることでしょう。

 それが少しばかり、楽しみでもあります。




 * あとがき

 バートンさんの独り言でした。

 バートンさんは当時53歳でした。

 まだまだ元気にハクのお守りをしてくださいね。

 きっと長生きしてくれることでしょう。



 

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