第22話・制服デートに気付かない②

「じゃ、俺はいつものやつ。味噌ラーメンと半チャーハンのセットで」

「ウチはこっちの醤油ラーメンでお願いします」

「え?それだけで足りるの?ほら、こっちのセットメニューとか、餃子とか唐揚げとか…いや、え、なにおばさん」

おばさんはのえると笑顔で頷きあいながら、追加をすすめる大樹を、余計なことを言うなとばかりにしっしっと振り払う。


「はーい、じゃ、ちょっと待っててねえ」


「ひょっとしてのえる、俺の奢りだから遠慮してる?」

おばさんの去ったあとでこっそり尋ねてみた。

「え?あ、ここ、ささっちの奢りやってんな」

そういう訳でもなさそうだった。


その時、二人のスマホから、着信音が同時に聞こえた。

「あ、悠星かな。『おめでとさん、大樹の応援のおかげやな』だって」

「返しとこ。『ウチの汗と涙の結晶や』…っと」


「まあとにかく、勝って良かった。おめでとう」

「おおきに。途中ちょっと嫌なループになってんけど、カンニングで助かったわ。」のえるが照れたように笑った。俯瞰ふかんしていた大樹のアドバイスを「カンニング」とは、上手い表現である。

「今日さ、新入りのファンクラブの子も言ってたけど、何でのえるはうちの高校に来たのかって。バレーボールはそんなに強くないんだろ?」

「ふうん、あの子とそんな話してたんや…」少しのえるの眼が細くなった。

「だから、俺の素性を探りに来てたんだって。」

「ふふっ、まあええわ。――そうやなあ、どこから話したらええやろ…」

昔のことを語り始めるのえるの目が、遠いものを見つめる。


「――ウチな、中学校の最初のころは、よう男子にいじめられててんで」

それは意外な告白だった。今の天真爛漫てんしんらんまんなのえるからは想像がつかない。

「よう目立ってたからな。男の子よりだいぶ大きかったしなぁ。成長痛で湿布しっぷ臭かったし、『男女おとこおんな』なんてまだええ方で、毎日『ゴリラババア』とか言われてたわ」

「そっか…その年頃って、無茶苦茶言うもんなあ…」

「ウチもムキになって泣いたり怒ったりするから余計面白かってんやろな。でまあ、ある時、やっぱりウチみたいな大きな子…『はなみん』ていう子やけど、その子に教えてもらって、突っ込み作戦にしたわけや。『なに言うてんねん!』言いながら脳天スパイクとか、あ、はなみんの得意技はメープルアタックやったで」何やら物騒な技の名前が並び始めた。あまり詳細は知りたくないところだ。

「カッシーは逆にそういうのが面白い、言うてな。それでウチらと仲良うなってん。ウチの嫌いな男子が高校でばらけて、仲のええカッシーやらみやっちやら朋学館にする、言うからウチも、ってなってん。はなみんは、かしこい高校に行ってもうたしなあ。でな、ほんまは、バレーボールの強い高校から誘いもあってんけど、ウチは高校に入ったらバレー止めよう思っててん。」

「あんなに上手いのに?もったいない」

「――おおきに。今の部長さんにも同じこと言われてなぁ。結局入部してしもうて……自分でも分からんけど、やっぱりバレーボールが好きなんやろな。」

「なんで止めようと思ったの」どこか他人事のように話すのえるに、大樹は尋ねる。

「あんな、ささっち、バレーボールって、スポーツの中でいっちゃん身長が伸びんねんて。」過去イチ真剣な顔でのえるは言う。

「マジか。そういう噂とかじゃなく?」

「ほんまやねんって。偉い医学博士の人が言うてたんや。あのな、成長期にバレーすると、ジャンプの刺激とか、背伸びする運動が骨を伸ばすんやって」

「何かガチっぽいな。でも今日見てて思ったけどさ、やっぱバレーって身長高い人が有利だよな。」

「それは間違いないわ。プロの女子選手とか、180オーバーの人がけっこういてるしな」

「何よりカッコいいし。のえるももっと伸ばしたらいいのに」

「ささっち…なんちゅう無責任なことを…」のえるは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

「そら男の人はええで?伸びれば伸びるほどめられんねから。でも女はな、1センチ伸びるたびに彼氏候補が1万人ずつ減っていくねん!」

いったいどこから出て来た数字なのか大樹はぜひ知りたいと思ったが、とても訊ける雰囲気ではない。

「しかもやで!ささっちのようなデッカい男ほど小さい女の子を選びよんねん!何が身長差カップルや!」

突然、矛先ほこさきが大樹に向いた。

「別に選んでないけど」

「いーや、今日のささっち見てたら間違いないわ。ウチらみたいな大きい女はどうなんねんって話や!」

「すみません」いったい何を見てそう思ったのか、身に覚えのいない選択で怒られるのは余りにも理不尽りふじんだが、ここは素直に謝っておいた方が良さそうだった。そんな大樹に救いの神がやって来る。


「はいお嬢ちゃん、醤油ラーメンおまたせ。うちのラーメンはこだわりの味やで~」

「うわ、ええ匂いや、いただきまーす」

さっきまでの怒りもどこかに吹き飛んだようである。ラーメンとは、やはり神がかった食べ物なのかも知れない。

「んっ……!うーわ、何これめっちゃ美味しい!」

一口食べたのえるが顔を輝かせる。

「そんだけ喜んでもらえたら、お父ちゃんも喜ぶわ。」

おばさんが次のお盆を運んで来た。

「はい、こっちは味噌と半チャーハンやね。お兄ちゃん、こんな可愛い子つかまえといて、浮気はあかんよ?」

人差し指を立てて「めっ」とされる。

「ええ!?いや、俺はそんな…浮気なんてとんでもない」

浮気の前提となる彼女すらいないのに、どうしてそんな話になるのか全く見えないが、なぜかのえるはうんうん、もっと言ってやってとおばさんの味方だ。


「じゃあ、良かったらこれ、使ってな」

そう言っておばさんは取り皿とレンゲを置いて行く。見ると「半」チャーハンなのに、明らかにいつもよりも多い。初見客へのサービスなのだろう。大樹はそう思ってのえるにチャーハンをよそって渡した。

「え?ささっち、ええの?」

「いいって。そのためにお皿を置いてってくれたんだから。冷めないうちに食べろよ」

「うん、ほな、いただきます…」のえるはほかほかと湯気の立つチャーハンを一口食べる。「うん、うん……!うわぁこれ、中華屋さんのチャーハンや!香りが口ん中でぶわーってなるわ!」

「喜んでるのだけはよく分かったよ」すっかり機嫌を良くしたのえるにつられて大樹も笑う。「じゃ、俺も腹減ったし、いただきます!」



二人ともあっという間に完食した。チャーハンの飯粒一つ残っていない。

「ウチ、今日はこのお店に来れて良かったわ!ささっちに大感謝やな」

「そこまで気に入ったなら、また来ればいいよ。別に店が消えてなくなるわけじゃないし」

「あのなあ、ささっち、なかなか女の子にはハードル高いねんで?」

「そう?女の人もよく来てるけどなぁ……」のえるの言葉を受け、大樹はこの店でどんな女性客を見かけたか順繰じゅんぐりに思い出してゆく。「えーと、家族連れとか…学生さんは…そう言えば女の人同士はあまりいなかったな。来てたのは…カップル…とか」そこまで言って、のえると大樹は顔を見合わせた。


「「……あ!」」


二人はようやく気付く。自分たちのいでたちに。そして、おばさんの笑顔の真の意味にも。

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