第21話・制服デートに気付かない①

「で。ささっち、お昼はどこ行こう思っててん」

のえるの眼差まなざしには不信感が残っている。「ひょっとして、一人でサンディーズにでも行くとこやったん?」

「いや、違う違う。俺が一人でよく行く店があって、そこで、と思ってたんだよ」

「ふーん」

「そのー、のえるの帰り道とは逆方向になっちゃうけど……ここからそんなに遠くないし、よかったら…一緒に行く?」

大樹はおそるおそる誘ってみた。

「うん。行く行く、連れてって!」

二つ返事だった。どうやら機嫌はそれほど悪くないようだ。


二人は連れ立って歩き始める。昨夜も同じ状況だったが、今日は昼間だからか、雰囲気がずいぶん違って感じられた。

「……?」

大樹は立ち止まり、後ろから少し間を開けて付いて来る少女を振り返った。

「…何?」のえるが顔を上げた。

「いや、なんか、昨日と違う感じが…離れてない?」

「あー、ほら、歩道はちゃんと一列で歩かんとあかんやろ?」真面目な事を言うが、目が泳いでいる。

「昨日は普通に横並びだったよな。なに?何か怒ってる?」

「べ、別に何も怒ってへんで?」

そう否定するが、あるいは大樹も気付かないうちに何か間違えたのだろうか。

「あ、ひょっとして、俺がその荷物を持つべき?」と、背負っているスポーツバッグに手を差し伸べる。

「いやいやいや、そんな」のえるはブルルと顔を強く振るわせながら後退った。

「そう…まあいいか。あ、ここ曲がるんだよ」

大通りから少し細い道に入り、しばらく歩くとアパートの1階部分にある店舗が見えてくる。「この店。『銀竜軒』っていうんだ。」そこは初老の夫婦が二人で切り盛りしている小さな中華料理屋であった。

「へえ、こんなとこにラーメン屋さんあってんな」看板を見上げながらのえるが言った。「ウチ、こういう店初めてやわ」

「――あ、そうか!女の子向けの店じゃなかったな。ごめんのえる、ちょっと遠くなるけど、昨日のところまで行こう」

歩き出そうとした大樹の手首を、のえるがぎゅっとつかんだ。

「何言うてんの、せっかくここまで来て」

「いや、でも…」

「もし今日この店に入らんかったら、ウチ一生こういう店に入られへんかも」

「大げさな。…ま、のえるが良いならここにしようか」

大樹は大きなドアを開け、店に入った。のえるが続く。店の中は、中華料理の香辛料の匂いで充満している。入った瞬間に空腹感が5割増しだ。

「あ、いらっしゃーい」すっかり顔なじみになったおばさんが愛想よく出迎えた。厨房では店主のおじさんが大きな鉄なべを振るっている。

「どうも。今日は二人なんですけど」

「あら、本当やね!えらい可愛い子連れてきてー。はあい、じゃ、あっちのテーブルにどうぞ」

そう言って、いつも大樹が座るカウンター席ではなく、店の少し奥まった所にある4人掛けの席を案内する。


「ささっち聞いた聞いた?『可愛い子』やって!」

椅子いすに座ったのえるがはしゃぐ。

「良かったじゃん。」やはり別に怒ってはいないようだ。大樹は安堵あんどの笑顔を浮かべた。改めてのえるを見ると、可愛い子という表現も別にお世辞ではないように思える。それに何かが昨日と違って—―

「ああ!」大樹はのえるを指さして驚きの声を上げた。

「な、なに?」警戒するように姿勢を正す少女。

「制服着てるんだ、今日」

そう、ドップラー効果に気を取られて見過ごしていたのだ。体育館から出て来たとき、すでに「制服姿の少女」と書いてあるではないか。

「なんやぁ、今さら」ガクッと肩を落とす。「なに、ささっち、そんなに笑わんでもええやん」

「いや、平日ジャージで休日に制服で出てくるって」

「今日の相手は、よそからのお客さんやから、ピシッと制服着てこいーって、監督にきつう言われててん、ウチ」のえるが仏頂面ぶっちょうづら愚痴ぐちをこぼす。

「なるほど、そういうこと」

「ほんまはイヤやってんけど。ささっちも嫌いやろ、ウチがこういうの着たら」

「なんで?似合ってるよ?」大樹が不思議そうに言う。

「え―――」のえるは一瞬呆気に取られる。「で、でも、ほら、この制服って、えらい女子向けやん?」大樹の反応をうかがいながら、制服のあちこちを引っ張って見せる。

朋学館の制服は上がダークグレーのブレザーと大ぶりの赤い蝶リボン。下が明るいグレー基調のチェック柄のスカートである。昨日のコートは羽織っていないが、その代わりだろう、ブレザーの下にクリーム色のニットベストを着けていた。

「女子の制服だから当たり前だろ。いや、普通に合ってるって。おい、あんまり引っ張ると伸びるぞ」

「――あ、そうやな。」のえるは、大樹の言葉にはっとしたようにベストから手を離した。「ふうん、自分、わりと平気でそういうこと言うねんな」

「いやまあ、服は大事にしなきゃだろ」どうしてジト目で見られているのか理解に苦しむ大樹である。

「ああ、そう言うたら、今日も新入りの子つかまえて、ニッタニタしとったもんなぁ~」

メニューを手に取りながら今度はなぜか嫌味を言い始めた。

「ニタニタって……どっちかと言うと俺がつかまった方だぞ。まあ、心配かけたのは悪かったけどさ…」

自分としては爽やかな笑顔のつもりだったが、のえるにはそう見えていたのか、と大樹は少なからずショックを受ける。

「へえ、モテモテやん。別に誰も心配なんかしてへんで?」

今度はなぜかムッとした様子である。

「あれがモテたうちに入るか」大樹はあきれてかぶりを振った。

「さあ、お二人さん」

「「ええっ!?」」

突然店のおばさんに声を掛けられ、二人は驚く。どうやらしばらく横で待っていてくれたらしい。「そろそろ、注文取ってもええ?」

大樹が一人で来たときは見たことがない笑顔だった。二人の方が売り上げが良いから…というわけではないようだ。


「それともおばちゃん、もうちょっとここで見てよっか?」


大急ぎで注文を決める二人であった。続く。

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