第15話・結成!ヤンキース

「もうちょっと褒めてくれてもええのに…」ぶつぶつと文句を言いながらのえるもスマホを取り出した。

「まあそれはともかくとしてやな、メッセのグループも作っとくか。」

「あ、この3人でか。うん、いいね」

その提案に大樹はさっそくスマホを操作し始める。「…なら、グループ名、どうする?」

「そうやなあ、のえる、何かええ候補ないか?」

「さっきのでええやん。あれカッシーちゃう?ちゃうちゃう…」

「大樹なんか出せ」最後まで聞かずに大樹にボールが戻って来た。

「そうな。えーと、俺たちと言えば…3人ともデッカくて…」

「廊下でよく邪魔者扱いされるからジャマモンズ、とかどうや?」

悠星がのえるに向かって言った。

「えー、自虐ネタはイヤやなぁ。ウチはもうちょっとオシャレなんがええわ」

「壁…山脈…」大樹は一人連想ゲームを始め、ふーんふふっふ、と鼻歌を歌い始めた。「よし、『ヤンキース』ならどうだ!」

「メジャーか。いつか生で見てみたいなぁ」悠星が野球少年の顔になる。

「なんかカッコええけど、なんで?」のえるが大樹に問いかけた。

「ほら、やっぱり俺たちの特徴って、何といってもこの身長だろ?」

大樹は手のひらを自分の頭上でひらひらさせた。

「確かに3人そろって、てのはなかなかないな。そういや大樹、身長なんぼや?」

「こないだの測定のときは180ちょいだったけど」

「やっぱり俺とほとんど変わらんな。俺は181や」

「そうか。のえるは?」

「ウチは179や。この中では一番小柄やな」

のえるは「小柄」の部分を強調して、なぜか得意げに言う。

「あ、そうなんだ。もうちょっとありそうに思ったけど」

大樹はのえるの頭のてっぺんあたりを見つめた。

「のえる、おまえそれ去年の数字やろ。しかも確か180近かったはずや」

悠星の指摘にのえるがむっとする。

「1年くらいでそんなに変われへんわ。」のえるの口がとがり始めた。

「へえ、今年の測定は受けなかったの?」

だが、大樹のもっともな質問に答えたのは悠星だった。

「それがな、こいつケッサクやで。身体測定から逃げ回って、あげくにはズルやす、あだっ!」

本日3回目のスパイクが悠星の頭上にさく裂する。バレーボールにもハットトリックってあるんだろうか、と大樹はつまらないことを考えた。

「人が喋ってる最中にどつくな、舌嚙み切るところや!」

「余計なクチきけんようになってちょうどええわ。はい、もう身長の話はしまいや!ほら、二人ともお試しメッセージいれ!」

有無を言わさぬ口調である。

『これからよろしく』まずは大樹が打ち込む。

『よろー』悠星のシンプルなメッセージが返って来た。

『明日の試合、応援よろやでー』最後にのえるのメッセージ。


「「試合?」」悠星と大樹がハモる。

「試合いうても練習試合や。総体近いから、よそからチーム呼んでウチの体育館で実戦練習やねん。」

「そうなんか…知らんかったわ。それで今日は早上がりか」

悠星が納得したように言った。

「うん。今日は軽めの練習とサイン確認だけやったんや。」

「明日の相手はどこの高校?」大樹が尋ねた。

「七条女子や。まあ、ウチもそんなに強うはないけど、同じくらいの所やで」

大樹も聞き覚えはあった。内陸部の、県境を少し越えた所にある女子高だ。

「俺は…明日は大学のグラウンド借りて紅白戦やからな。ちょっと応援は難しいわ」悠星が苦笑いした。

「ああ、ええて。ちょっとお試しで書いてみただけやさかい。そもそも自分、バレーの試合とか見に来たことないやろ」

「最近のバレーはルールがよう分からんからなぁ…」

悠星が腕を組んで首を振った。

「そんなに変わってないちゅうねん」

のえるがあきれたように言う。

「お、大樹はどうや?明日は予定あるんか?」

「俺は…特にはないけど、のえる、試合って何時から?」

「10時やけど…え、ささっち、来てくれるん?」

のえるの目が期待に輝く。

「頼むわ大樹、俺のぶんまで応援してきてくれ」

「まるで普段応援に来てるような言い方やな…」

はあっと、のえるはため息をついた。「まあええわ、ささっち、ルールは分かんのん?」

「や、体育の授業でやったくらいだからなぁ。複雑な部分は分からないよ」

自信なさげに大樹は答える。

「いやもうほんまはそれだけで充分やけど、これだけは押さえといたらええ、っていう用語があんねん。ウチ、あとでメールするわ。今はネットでちょちょーっと調べたら、ようさん解説サイトが出てくるさかいな」

「応援の予習か。大樹も大変やな」

「うるさいでカッシー」4本目が出そうになる。悠星は慌てて口をつぐみ、首をすくめた。

「でもせっかく試合を見るなら、ルールを知っといたほうが面白そうだな。のえる、後でたのむよ」

「ええ心がけやささっち、きっちり解説したんで!」

「いや試合に備えて早めに寝たほうがいいって」

あまりに無邪気な少女の笑顔に、逆に不安になる大樹だった。


「さて、これで作戦の準備は出来たわけやけど」悠星がおもむろに口を開く。「3人そろって行動すんのがベストやけど、いつもいうわけにはいかんやろ。大樹、俺の都合がつかん時は、遠慮せんとのえるに頼れ」

「むしろウチのがカッシーより頼りになんで?」

任せろと言わんばかりにのえるが胸を一つ、ぽんと叩く。


「それとな、大樹、もう一つ―――」




時間も9時近くになり、一行は店を出た。4月下旬だが、まだまだ夜風は肌寒い。

「本当に良かったのか?思ったよりたくさん頼んだし、別に俺も金がないわけじゃ…」

「くどいでささっち、武士に二言はない!今日はいろいろのお詫びとお礼や」

いつから武士になったのか謎だが、これ以上言うのはかえって野暮というものだろう。

「――うん、じゃあ、ありがとう、のえる」

「それでええねん」のえるはうんうんと頷きながら笑顔を見せる。

「ええなあ、大樹。のえる、俺にもなんかおご「絶対にイヤや」悠星の言葉を最後まで聞かず切り捨てる。

「じゃ、今度は俺が何か奢るよ」大樹はのえるに言った。

「おいおい大樹、軽はずみなこと言うなよ、お金がなんぼあっても…」

「どうしても4本目が欲しいようやな」

のえるがスパイク体勢に入る。悠星は慌てて逃げ出した。

「…逃げ足だけは立派なもんや」あきれたようにかぶりを振った。

「あ、そうや、ウチらはこっちやけど、ささっちは歩いて帰るん?」

振り返ったのえるが大樹に尋ねる。

悠星とのえるは大樹あこがれの電車通学である。この大きな通りの突き当りにある駅から3駅ほど離れた「梅里うめのさと駅」まで乗るそうだ。昔は有名な梅園があった所らしい。

「うーん…今日はもう遅いし、一駅だけ電車に乗るよ。」

大樹はそう言って二人と同じ方向に歩き出した。二人の乗る電車とは逆方向になるが、大樹の自宅は隣の小野谷おのだに駅から歩いて5分くらいである。ここから引き返して歩いて帰るよりよっぽど早い。

「じゃあウチが駅までバレーの魅力を語るわ!」

「おお、いいね」大樹はぐっと親指を立てた。

スマホで夜明けまで語ったあげく、副主将が試合に遅刻でもしたらえらい事だ。そう思って素直に従う大樹だった。



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