第14話・作戦会議
「さあ困ったぞ…」ファミレスの天井に吸い込まれた言葉を、どう回収したものか。大樹は考えあぐねていた。
「そうだ、悠星!悠星なら…!」付き合いの長い彼ならば、きっと拾えるはずだ、大樹はそう思った。自分には理解の出来ないのえるの意図を、彼ならばきっと汲み取って—―!
「あ、ダメそう」悠星はぽかーんと口を開けてのえるを見ている。彼に期待するのは無理だった。こうなると本人の解説を待つしかない。
「んん…こほん」
言葉を失った少年二人の視線に囲まれ、のえるは咳ばらいをした。
「よ、要するに…ウチの夢なんや。それを1秒も考えんと無理!って即答やで?」
憤然とした口調でのえるは説明する。
「えーと、つまり、その夢を叶えてくれなかったから、1週間で別れた、と?」
大樹は尋ねた。
頬っぺたをかかえ、体をくねらせながら、少女は恥ずかしげに告白する。「そうや、ステキな彼氏にお姫様抱っこしてもらうのがウチの夢やねん。」
「これはひどい」チッ、と大樹は舌打ちをして言い捨てた。よく響くその音に、のえると悠星が同時にぎょっとする。
「あ…あー、そんな、チッ、とかせんでもええやんか!あ、思い出した!そうや、昼間、最初に会った時も舌打ちしてたんやこの男!あー、そうやそうや、だからウチ、イヤ~なやつやって思ったんや!」
「怖いとは言ってたけどイヤなやつとは聞いてない」
フンと鼻を鳴らし大樹が言い返す。
「うっわこまか!こまかいなぁ、自分!そんなんいっしょやんか!」
「まあ待て待てお前ら、小学生じゃないんだから。こんな所でケンカとか止めろ、恥ずかしすぎるわ」
「だいたい悠星、お前がのえるに無理くり別れた理由とか聞き出すからこうなったんだろうが!恋バナ好きの女子か!」
「あっ、今度は俺に八つ当たりか?ついさっき俺はお前のことすっごいいい奴やって感動してたんやぞ!俺の純粋な心を返せ!」
「は?なにが純粋なここr」
「お客様!!!」
席を担当するウェイトレスがいつの間にかテーブル横に立っていた。3人が雷に打たれたようにびくっとして動きを止める。
「――お水のおかわり、よろしかったでしょうか?」
何ごともなかったかのごとく、見事なスマイルで水差し片手に首を傾げるお姉さん。さすがは接客のプロであった。
「「「す、すみません…大丈夫でーす…」」」
お姉さんが去って行ったのを確認し、3人はテーブルの上に伏せるようにしてひそひそ話し始めた。まるで叱られた子どもたちである。
「こっわ、笑顔の圧がえげつなかったな」
「ああいう怖い笑顔もあんねんな。ウチ参考になったわ」
「俺、よその大人の人に怒られたの何年かぶりだわ」
「――あの…さっきは、ちょっと感情的になりすぎた。のえるごめん」
ひと段落して場が静まり、大樹は素直に謝った。
「ううん…まあ、もうええわ。でもあの『チッ』はあかんて。印象悪いで」
のえるは渋い顔で答えた。
「あれなあ、家族にも言われるんだけど、クセになっちゃってるんだよなあ…」
大樹は腕組みをする。
「ま、まあ、クセはともかく大樹、だいたいの経過は分かってくれたか?」
「あ、うん、ありがとう悠星。おかげで色々納得いったよ。」
「それで大樹、お前さっきなんや言いかけてたな。人違いの対策か何か」
「え?俺そんなこと言った?」
「忘れたんかい…」あまりに脱線が多く、大樹も元の話が何だったか記憶が曖昧になっているのだ。「えーと、ちょっと待てよ…そうや、のえるに体当たりされて何か気が付いた、言うてたわ」悠星のヒントを得て大樹がふうん、と考え込む。
「――あ、そうだった!」思い出したようだ。「俺が2-1の真ん前にいたから間違えた、ってのえるが言ったんだよ!」
「そう、ウチ、似てる人がいるのは知ってたのに間違えてん」
のえるが相槌を打つ。
「つまりだな、場所が大きな問題なんだ」
大樹は登校時、背中から大樹に挨拶するクラスメイトがいることを説明した。悠星と仲の良いのえるですら間違えるのに、その男子生徒は本当に背中を見分けているのだろうか?否である。大樹と悠星の登校ルートは逆方向である。つまり、そのクラスメイトは、登校中の背中を見て、それは大樹であると「統計的に判断」しているにすぎないのだ。
「ということは…どうしたらええんや?」
悠星はピンとこないようだった。
「お互い、相手のエリアに踏み込まないようにすればいいんだよ」
得意げに大樹が言う。
「ふうん…なるほどな。互いに理系と文系のフロアには立ち入らんように気を付けるわけやな。トイレだってそれぞれの階にあるもんなぁ」
「へええ、ささっちって、ひょっとして頭ええん?」
「おいおいのえる、今まで気が付かなかったのか?」
のえるの賞賛の眼差しを受け、大樹がこれでもかというくらい反りかえる。
「でも登下校があるやろ。俺らの家の方向なんて知らん人は、やっぱり間違えるんやないか?」
「ええと、それは…」一転して元に戻る。「そっかぁ、そうだなあ…」
「え、ささっちって、ひょっとして頭悪いん?」
今度は憐みの眼差しである。
「そういうのえるはどうなんだよ、何かいい案あんのかよ」
光速の手のひら返しに、大樹はまるで子どものようにむくれた。
「うーん、そうやなぁ……」のえるが腕を組み、目を閉じる。あ、けっこう大きい、と余計なことを思ってしまった大樹はあわてて目をそらした。
しかしさほど時間もかからぬうちに、のえるは刮目し、二人に向かって決然と言い放った。
「よし、あんたら、つるみ!」
「?」一瞬何を言われたか分からず、大樹と悠星は顔を見合わせた。
「ささっちの考えとは反対や!なるべく一緒におったらええねん。別人ですよー、間違えんといてくださいー、ってアピールしたり!」
「逆転の発想か…」思わず大樹は唸った。
「大樹、これ、ええ考えと違うか?俺はおもろいと思うで」悠星が大きく頷いた。
「名付けて、『あれカッシーちゃう?ちゃうちゃう、あれカッシーとちゃうでささっちやで作戦』やっ!」
「よし、とりあえず大樹、スマホ出せ」「おう。今日の昼間は登録できなかったからな」二人はいそいそとスマホを取り出して重ねた。
「ちょっと待ち自分ら、ウチほったらかしか」
なんだか扱いが雑になってきている。そう思わずにいられないのえるであった。続く。
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