第13話・のえるのカレシ

「漫才はそのへんにして、話を進めてくれないか?」

大樹が腕組みをして二人に苦言を呈した。

続きを引き取ったのは悠星だった。

「告白除けの偽装カップル作戦な、最初はある程度うまく行ったんや。俺たちなら中学校時代から気心も知れてるし、のえるやったら多少女子たちが文句言うてきたって弾き返すだけの力があるしな。ところが…」

さっきまでの勢いはどこへやら、のえるはそっぽを向き、黙りこくってしまった。


「――ほんまに彼氏を作りよったんや、こいつ」


突然の静寂が訪れた。

大樹もあまりに意外な展開に言葉を失った。


「相手はのえるに告白してきた卒業間際の男子バレー部の先輩や。」悠星はそう言いながら肩をすくめて見せた。

「――だって、ホンモノの彼氏が欲しかってんもん」のえるがむすっとした表情のまま言い訳する。


「彼氏が欲しいなら欲しいと一言、俺に断り入れときゃそれなりに手も打てたのに、ひどい話やで」

「カッシー、あの頃は試合とか練習ばっかりで話すヒマなかったやんか」

むくれながらのえるが抗議した。

「――まあ、俺もシード権のかかった試合が続いてたからなぁ」

ウーロン茶の入ったグラスの氷をカラカラ揺らしながら、悠星は言葉を続ける。

「で、その彼氏サマな、俺らが偽装カップルやと言いふらしよってな。おかげで作戦はパアや。そっからは、なるべく俺も一人にならず、誰かとつるむようにはしとるんやけどな。」


「てことは、2年になってから人違いが増えたのは…」

大樹が今日、一番聞きたかったことだった。

「春休みのうちに完全に知れ渡ったんや。告白は俺が一人でいる時を狙って来るから、それで増えたんやろうなぁ」


「あの、ささっち…」おずおずとのえるが口を開く。「巻き込んでもうて、かんにんな。」心なしか声がくぐもっている。

「や、まあ、そんな謝るようなことじゃ…」

大樹は慌てて首を振る。

「まあでも、何かしら対策は必要やろなあ」

湿った空気を振り払うかのように、悠星が明るい調子で言った。「どうや大樹、何かええ方法、ないか?」


「そうだなあ…」大樹は腕組みをしてソファに深く身を預けた。「今日、のえるにぶつかられて気付いたんだけど」

「あ、あれすごかったな!あの殺人チャージを食らってよう生きてたわ」

大樹の言葉をさえぎって、悠星がおかしそうに言う。

「んな!なんで殺人やねん、誰も殺してへんわ」

「お前は本当に分かってない。軽量級の人やったら死ぬであれ」

悲しげな表情で悠星が首を振る。

「ふん、ちゃんと相手は選んでるわ」

「なんやそのデスノートは。」悠星が身振りを交えて説明する。「なあ大樹、よう覚えとけ。のえるの声が聞こえたら、ます全身から力を抜くんや。よけようとして下手に動いたらいかんで。ずれたら余計痛いからな。それでドーン、ときたら流れに逆らわず、こう、自然に押し出されるような気持ちでやな」

「ほんまカッシーは大げさやわー」のえるの調子が戻ってきたようだ。しかし大樹は悠星のアドバイスを一言一句漏らさず心に刻み付けておこう、と強く思うのだった。

「あれは俺の体が頑丈やから成立する荒業やで。大樹、本当に腰か背中、イカれてないか?」

口調からすると本気で心配しているようだった。

「まあ、なんとか大丈夫だったよ」大樹は苦笑しながら答える。

「失礼やなあ、人をイノシシかなんかと同じにせんといて欲しいわ」

例えが的確過ぎて大樹は反応に困る。そういえば人気漫画でそんな感じの二刀流キャラがいた気がする。

「そういえば大樹は何かスポーツしてたんか?」

悠星もやはりご多分に漏れなかったようである。

「これ、しててんて」泳ぎのマネで答えたのはのえるだった。

「おお、その体格は水泳やったんか。じゃ、制服の下は逆三やな」

悠星は納得いったようにうんうんと頷く。

「中学までな。高校ではろくに運動してないから、すっかりナマってるよ」

大樹は言って目を伏せる。スポーツの舞台から降りた自分を顧みると、どうしてもこの二人を前に忸怩(じくじ)たるものがあった。

「なあ、夏休みになったらな、みんなで海かプールに行こ!」

すっかり息を吹き返したバレー少女が目を輝かせる。

「あ、ええな、それ。大樹もいいリハビリになんで。」

「へえ、悠星は泳ぎは得意なのか」病人扱いに笑いをもらしながら、大樹は尋ねた。

「いや、苦手やけどな。体が重くてなぁ」

鍛えすぎると筋肉は重くなり、水泳には不向きになると聞いたことはあるが、二人ともそうなのだろうか、と大樹は思う。

「別に泳げんかてええやん。みんなで食べて騒いだら楽しいわ」

今、のえるの頭の中には、きっと真夏の太陽がさんさんと降り注いでいるに違いない。

「えーっと、のえる」そんな能天気少女を見て、逆に大樹は不安になった。「彼氏に怒られたりしないの?」

「え…」再びのえるが固まった。

「あー…そうか、話が中途半端やったな」

固まってしまったのえるをよそに悠星が解説を続ける。「それが笑うで。こいつの彼氏って、コレやからな」そう言って悠星はピッと人差し指を立てた。

「?」マメだらけの指を見て、大樹は怪訝な表情になる。「1…?ああ、なるほど!一途だから信用してるってことか!」

のえるを全面的に信用しているから、他の男と遊びに行っても問題ない、ということだろうか。

「おいおい大樹、なにをしょうもないボケかましてるんや」

悠星がにやつきながら首を振った。決してボケたつもりのない大樹としては心外な反応である。

「1週間や、1週間!」

「――は?」思わずのえるに目を向けた。当の少女はさっと目をそらす。どうやら本当らしい。

「え、なんで?だって、待望の彼氏みたいなこと言ってたのに」

大樹の視線は人差し指とのえるの横顔を行ったり来たりした。

「なかなか理由言いよれへんのや。おい、のえる、せっかくやからこの機会に白状したらどうや、ん~?」

なかなか視線を合わせようとしないのえるを追いかけるように悠星が覗き込んだ。

「あーもう、うっさい、ほな言うたるわ!」

矢庭やにわにのえるが振り返り、バン!と両手をテーブルに置いた。



「お姫様抱っこや!」



『だっこやー、だっこやー……』ファミレスの天井にエコーを残しながら消えてゆく、のえるの高らかな宣言。


「――なんですって?」

しかし某コスプレ漫画の主人公のような返ししかできない大樹であった。続く。

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