第12話・大樹の憂鬱
「じゃ、順を追って話すわ」
ドリンクバーで注いだジュースを飲みながら、悠星が言った。結局話が聞きづらいからという大樹の要望で、席はのえるの隣に移動してもらった。
「もう知っとると思うけど、うちの野球部は本気で甲子園を狙ってるんや」
「まあ、うん。――その手を見りゃわかるよ」
大樹が悠星の両手を見ながら答える。
「おお…そうか。」悠星はテーピングを繰り返した自分の両手を、今さらのようにまじまじと見つめた。
「でな、俺やケータローが試合で結果を出し始めたのが去年の秋ごろ。そこらへんから告白が多くなったんや。」
大樹もその名前には聞き覚えがあった。
「たしか…今朝の新聞で悠星といっしょに載ってたよな。」
「お、見てくれたんか、あれ」
「へえ、新聞?そうなんや、ウチ見てなかったわ。あ、みやっちもウチらと同じ梅ヶ丘出身やで」やっぱり苗字でアレンジしてるよなあ、と大樹は思った。
「その頃は女子の間で俺らにコクるのがちょっとしたブームみたいになっててな、ケータローは好きな子がおるとかでズバズバ断りよんねん。その分まで俺に回ってくるんや」
「カッシーもズバズバ断ったらええねん。あっという間に告白ゼロやで」
大樹には、のえるの言い分ももっともだと思えた。
「最初は俺もケータローの真似してそう答えてたんや。そしたら今度はその好きな相手は誰や?みたいになってな。ちょっとでも仲良さそうに喋ってたら、その子か!いうて。もう、あれ、犯人探しやで」
「うわぁ…」
「あはは、ものごっついイヤそうな声出してるなぁ自分」
思わず
「なんかそういう、いかにも女子ーって話を聞くと、ちょっとな…」
げんなりした顔で大樹が言った。
「ああ、さっき言うてたなあ」
「へえ、何て?」悠星がのえるに尋ねる。
「ささっちは女の子、苦手やねんて」
「え、大樹お前やっぱり…」悠星が自分の身を守るようなポーズをしながらニヤついた。
「そっちはないって言ってんだろ」
冗談と分かっていながら、大樹は少しむきになって言った。
「え、なになに、どないしたん?」にわかにのえるが目を輝かせる。
「今日な、いきなり俺にラブレターを渡してきてんで、こいつ」
大樹の反応が面白いのだろう、隣ののえるに告げ口し始めた。
「ラブレター!!!」のえるが両手で口を覆い、ひゃーと歓声を上げる。
「やめろ悠星、のえるが本気にするだろ!いや、だから悠星行きのラブレターが今朝間違えて俺の下駄箱に入ってたんだよ。それで昼休みに渡しに行ったの」
「――なあんや、ひょっとせんでも今日の放課後の用事って、それ
なぜか残念そうな顔ののえるに、悠星が事の次第をかいつまんで説明した。
「なるほど…そんなことがあってんな」
「しかしあれは助かったで、大樹。初見やったらあそこまでヤバい人とは分からんかったわ」
笑顔を見せて悠星が礼を言った。
「ああ…うん…」しかし大樹は目を伏せてしまう。
「どうした?」
「それなんだけど、悠星……もしもあの人が改めて告白してきたら、今日のことは抜きにして、ちゃんと考えてあげて欲しい」
「いやまあ、隠れて見てたとかは言うつもりもないで?」
「――できれば、今日のことはノーカンで頼む」
「どうした、あれだけワーワー言われたのに、えらい優しいやないか。」
「うん…あのさ—―」
大樹はゆっくり、悠星に自分の思いを吐露し始めた。今日の先輩も、いつぞやのポニーテールの女生徒も、人違いさえしなければ、普通に悠星に告白できたのではないか。もしそれで振られたとしても、本人なりに心の決着がついたのではないか。人違いをしたことで告白を断念して中途半端な気持ちを引きずるとしたら、それは振られるよりも不幸なことなのではないか…と。
別に誰が悪いわけでもない。大樹も、女の子たちも、悠星も。自分がこんな事を頼む筋合いはないのかも知れない。断りを入れなければならない悠星の辛さなど大樹には正直想像もつかないのだから。それでも。
「それでも、フェアに答えてあげて欲しい。…頼むよ」
大樹は寂しそうな笑顔を見せる。
「――わかった。」
微笑とともに返された悠星の言葉は短く、しかし、力強いものだった。
「お待たせいたしました。」
悠星の頼んだ料理が次々に運ばれ、並べられる。
「じゃ、すまんがいったん説明は中断や。食べさせてもらうで」
「ほなウチが話すわ」
のえるが続きを引き受けることになった。
とにかく、「ケータロー」と違って、悠星は好きな子が誰かという詮索を上手くかわせなかったらしい。
「その点みやっちはすごかったで。は?そんなん言うわけない、お前に関係ないやろ、いうてな」
「ふうん…」大樹は背もたれに身を預けた。その「みやっち」を少ししか見ていないので彼の中身までは分からない。ただ、そこまでキツそうな性格には見えなかった。あるいは野球一筋すぎて、他のことには不愛想になるタイプなのかも知れない。
「あれは俺にはマネできんわ。まあ、あいつに好きな女の子がおるのは本当らしいけどな。どこのどなたさんかまでは知らんけど」
「あんたは黙って食べとき。そんでな、ささっち、この男、苦しまぎれに誰の名前出したと思う?」
くっくっと笑いながら、のえるはそんなクイズを出した。
「まあ…のえる、なんだろうな」この状況では、ほとんど一択問題である。というか、正解は野球部マネージャーの○○ちゃんでしたー、とか言われても困る。知らないのだから。
「大正解や、冴えてるなぁ、ささっち」
「微妙に馬鹿にされてる気もするけど、続きをどうぞ」
「実はその頃、ウチも告白続きで困っててん。大会前で、やっとチームプレイに馴染んできたころやったさかいなぁ。」
「へえぇー」大樹は目を丸くした。
「おーっとささっち、そこで驚くのは失礼やで。ウチ、こう見えてモテモテやねんから」
のえるはチッチッチと言いながら、ぴっと立てた人差し指を振る。
「いや驚くやろ。万年ジャージ女やぞ」
悠星の頭からスパアンと良い音がする。見事なスパイクだった。バレー部副主将の肩書は伊達ではない。
「いてて、これ本当に痛いんやけど」
「黙って食べときいうたやろ。だいたいそのジャージ女を彼女に仕立て上げたのはどこのどいつやねん」
のえるが鼻息を荒くする。
「まあまあ、とにかく、要するに偽装カップルってことだな」
「そうや…ささっち、ウケ過ぎやで。言うとくけど、ウチ、そっちの席まで手ぇ届くねんで?」
ぐっとテーブルの上に身を乗り出すのえる。大樹は大急ぎで真剣な表情を取り戻し、身振りで謝った。
「ま、のえるが告白されまくったのは事実やで。」悠星が横から話を進める。「いうても女子ばっかりやけどな」
「あっあっ、ネタばらししよったこの男」
「アタッカー王子ぃ~、とか呼ばれてたもんなあ」
手を振り上げるのえると、首振りディフェンスでかわそうとする悠星。
「もうええわ、その代わりこれひとつ貰うで」
のえるがそう言って悠星の皿の上にあるフライドチキンに左手を伸ばす。
「あっ、何するんや」
食い意地を優先させ、のえるの右手の動きから視線を切った悠星。その脳天から、本日2回目の澄んだ打撃音が響いた。
続く。
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