第11話・乳製品があるじゃない
「ご注文の品は、以上でお
確認を終えたウェイトレスが一礼して伝票を置いて行く。
「おお、ちょっとしたパーティだな」テーブルの上に並んだ皿を前に、大樹が感嘆の声を上げた。この店はピザやパスタなどのイタリアン系メニューが充実しており、しかも安い。大樹が空腹にまかせてあれこれ頼んだこともあるが、一つ注文するたびにのえるが「あ、それええな、ウチも」とか「じゃ、ウチはこっちで」などと合いの手を入れた結果、かなり品数が増えたのだ。
「ほな、出会いを祝って!」「おうっ、乾杯!」
二人がジュースのコップを掲げる。
「しかしちょっと頼みすぎたか、これ?」
「へ?このくらい2人やったら楽勝やで?」
大樹の不安をよそに、平然とのえるが答える。
「ま、いいか。そのうち悠星も来るだろうし。」
「せやな。それまでには片づけとこ」
何となくかみ合わないものを感じながら、大樹はサラダを取り分けてのえるに渡した。陽キャへの第一歩、まずは気遣いアピールだ。
「あ、ウチ野菜はあんまり好きちゃうねん」
よくそれでそこまで大きく育ったな、と言いたくなるのをぐっとこらえ、
「いやいや、食事のバランスってもんをだな」と何とか取り皿を押し戻す。
「うーわ、またささっちがカシってるわ…」
「俺と悠星、どっちをディスってるのか知らんけど、バレー部の副キャプテンなんだろ?健康管理も大事だぞ」
「完全にササカッシーや…」
「人を雪男みたいな呼び方すんのは止めてもらおうか」
「あ、言うとくけどウチ、魚も嫌いやで」
「カルシウムどうやって取るの?そんなんじゃ大きくなれないぞ?」
「これ以上育ちたくないっちゅうねん。ささっち、全然乙女心が分かってないわ…」はあーあ、と特大のため息をつき、のえるが「やれやれ」というポーズをする。
「乙女心…」
「あ、ささっち!」のえるの眼が急に細くなった。「今こんなごつい女に乙女心なんてあるかって思ったやろ?」
「あ、いや、そうじゃなくて…」かたん、と持っていたフォークをテーブルに置く。
「?」
突然しんみりした口調になった大男を、のえるは不思議そうに見つめる。
「俺な、実は女の子は苦手なんだよ。今日はまだのえると1対1だから何とかなってるけど、もう一人増えたら無理だと思う。女の子って、こう、集団になると異様なオーラが出るだろ?」
世の中にはハーレムなどというものがあるらしいが、大樹には到底理解できない世界だった。
「えらいデリケートやん」
「男心もそこそこデリケートなんだよ。」大樹は苦笑いする。「いや、のえるの言う通りだよ。俺には女心とか言われても全然わからない。のえるだって、男心は分かんないだろ?」
「まあ…うん、それもそうやな!」何やら嬉しそうに、のえるが勢いよくサラダを食べ始めた。
「おお!お野菜も食べて、えらいぞー、のえる」
「おかんか!いや、おとんか!ふふ、ささっちもはよ食べ。冷めてまうわ」
「……んー、けっこうなくなったな。悠星のぶんもあると思ったけど」
順調になくなってゆく品々を見て、大樹は感心したように唸った。
「大丈夫や。カッシーはまた好きなもん頼みよるわ」
ウーロン茶をこくこくと飲みながらのえるが答える。
「なあ、ところで自分、スポーツとか何もしてなかったん?」
体がでかいと聞かれることのナンバーワン質問である。のえるもまた、例外ではなかったのだ。
「中学まではこれ、やってたけどね」
そう言って大樹は泳ぐマネをした。
「ああ、水泳部やってんな!ウチ、泳がれへんから泳げる人、羨ましいわ」
「へえ、意外。あ、でも運動は出来るのに水泳だけダメってパターン、けっこうあるよな」
「何でか体が沈むねん。あ、ささっち、アレできんの?ほら、このカッコいい泳ぎ方」
そう言ってのえるは両腕をグルグル回し始めた。大樹はまたアクリル板に当たるのではないかとハラハラしながら見守る。
「ああ、バタフライか、できるよ。」
「やってやって!見てみたいわ!」のえるがはしゃいでリクエストする。
「よっしゃ」大樹はその場で2~3回、やって見せる。「――って、これじゃただのバカだろ!」
「おお、始めてんな。俺も腹減ったわ。」
二人があらかたの皿を平らげたころ、ようやく3人目が現れた。練習後に直行してきたと見えてユニフォームの上に黒いウィンドプレーカーを羽織っている。
「おお、悠星。悪い、お前のぶんは残しとくつもりだったけど、なんかほとんど食っちゃったよ」
「ええ、ええ、俺は俺で頼むから。あ、すいませーん!」
悠星はそう言って店員を呼ぶと、ろくにメニューも見ないまま、何品か注文した。
「よく来るんだな、ここ」大樹が言うと悠星はおう、と頷く。
「まあ、ドリンクバーだけのことが多いけどな。今日は家までガマンできそうにないわ」そう言ってにっ、と白い歯を見せ、ソファに腰を下ろした。「よし、それじゃ時間ももったいないし、さっそく話そか」
「うんうん。ただその前に悠星」頷きながら大樹は言う。
「ん?なんや大樹」
「なんでお前こっちに座ってんの?」
悠星は当然のように大樹の横に座っていたのだ。
「何かまずいんか?」不思議そうに悠星が問い返す。
「まずいっていうか…普通あっち側じゃないか?」
大樹は向かいに座っている少女を指した。
「ふうん、よう分からんけどまあええわ。ほい、のえる」
「うん」
声を掛けられて、のえるが荷物をまとめ始めた。
「え?何やってんの?」大樹は二人に疑問を投げかけた。
「なにって…大樹が言うから席を替わるんやろ?」
悠星の答えにのえるもうんうんと頷いている。
「あれ?ちょっと待って。え?俺がおかしい?」
「どないしてん、さっきからけったいやなぁ自分」
「いや、そっち側に二人が並んで、こっちに俺一人じゃない、普通?」
「何が大樹の普通なんか分からんけど…俺ものえるもこの荷物やからな、並んで座るのはキツいわ」そう言って悠星は座席に置いたかばんやスポーツバッグを指し示す。言われてみれば確かに大樹の荷物が一番少なかった。何よりまず、自分がゆったりできるスペースの確保を最優先する。これもまた、大きい人あるあるであった。
「そうか…うん、余計なこと言ってごめんな。話、進めて」
…続く。
※けったい=変。奇妙。
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