第6話・通行の邪魔。
「かんにん!ほんまに、かんにんや!」
手を合わせてしきりに頭を下げる茶髪の少女。わりと顔立ちは整っているが、表情がコロコロと変わるせいか幼さを感じさせる。上下ともゆるいジャージで、履いているのは学校指定の上履きではなく体育館用のシューズだ。良く言えばボーイッシュ、悪く言えば色気のかけらも感じさせない
「自分からぶつかっといて誰?て、うはは、バカすぎやろお前、ひひっ、くっ苦しい、息が、息でけへんっ」
少女に対する怒りのピークは去り、どちらかというと今は笑い過ぎて苦しんでいる悠星のほうに
「おい、笑いすぎだぞ」チッと舌打ちしながら、大樹は小声で悠星を叱りつけた。だが彼の笑いはなかなか止まらない。よほどツボってしまったようだ。
「ああ、いいよ、もう。別にわざとじゃないんだし。用事があるのはこっちの方でしょ。それじゃ。」これ以上目立つのは
「くふっ、ふうーっ、まあ待て待て、大樹」
「—―!」
悠星が肩で息をしながら、大樹の手をぐいっと
「…なんだよ」
「せっかくやから紹介しとくわ。俺と
「…
うなだれたままで少女はそう名乗った。悠星と違って深く関西弁が
しかし、それはともかく。
「せめて…場所を移そう、二人とも」
大樹はあきらめ口調で言った。この
「…それもそうやな」悠星が周囲を見回して頷いた。
「ここなら、まぁ、いいか」
二人を引き連れて階段の踊り場までやって来た大樹は、奥側のコーナーに身を預け、階段の上から誰かやって来ないか確認する。さすがに踊り場に来てまで露骨に野次馬をしようという
「じゃ、改めて、やな。こっちは2組の水槇のえる。これでも女子バレー部の副キャプやで」悠星が若干失礼な物言いで肩をそびやかした。
これでもってなんやねん、と茶髪少女がぶつくさ言って口をとがらせる。
「そんで、のえる、こっちが4組の佐々岡大樹。俺とよく間違えられて、散々な目にあってる人や」そこまで言って、また悠星がくっくっと思い出し笑いを始めた。
「まだウケてんのか、悠星」大樹が呆れたように言う。
「なあ、さっきから
のえるの質問に、二人は同時に顔を見合わせる。先に答えたのはニヤリと笑った悠星だった。「おう、めっちゃ仲ええで。長い付き合いやから、なぁ大樹?」
「そうな。もう、かれこれ30分くらいになるか」冗談に動じた様子も見せず、大樹はしれっと答えた。
「へえぇ~…え?」一瞬納得しかけて、驚きの表情を見せる。「30分て…」
「本当にそのくらいだよ。話したいことがあったもんで、この昼休みに俺が2-1に会いに行ったんだ。」少女の素直すぎる反応に、思わず頬が
「で、のえる、俺に何か用事でもあったんか?」
「あっ、そうや、忘れるとこやった、問題集!英語の問題集、貸してもらいに来たんやったわ!カッシー、持ってへん!?」
「問題集てことは、論理表現の方か…今日は俺らのクラス、そっちはなかったからなぁ。たぶん誰も持ってきてないで。」
「うわ、最悪や、文系全滅やんか…」
「のえる、お前忘れもん多すぎやぞ。こないだもケータローからコンパス借りてったやろ。あれ、ちゃんと返したんか?」
「うるさいなぁ、今それ言わんでええやん」大樹をちらちら気にしながら、のえるが抗議の目で悠星を睨んだ。
「まあ、今日はあきらめろ。もう素直に怒られるしか…おっ、そうや、大樹、そっちのクラスはどうやった?」
いきなり振られた話題に、驚いた大樹の眉がぴくりと上がる。
「俺?…ああ、今日の4時間目、論表だったよ」
「えっ、ほんまやの?あの、えっと…いや、でもさすがに…」
「貸そうか?」言い
「ええの?…うん、ほな、おおきに!なんやぁもう、自分、もっと怖そうな人かと思てたわ」のえるがホッとしたように胸をなでおろした。
「よかったなあ、のえる。体当たりした
「まあ、こっこれも何かの?え、縁、だし」大樹の声が上ずる。「ぶふうっ」限界だった。とうとう吹き出してしまった。「あははっ、しまった俺まで、ははっ、くっそ、悠星、さっきからお前絶対に、はは、狙ってるだろあはははは!」
してやったりと胸をそらせる悠星。やっと自分の教室に帰れそうだと油断したのがまずかった。大樹の笑いの防波堤が、ついに決壊してしまったのである。続く。
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