第3話・開けますか?開けませんか?
―――顔を洗い、鏡に向かう。
同級生の顔写真とは、似ても似つかない
おそらく、撮影するからと頼まれても、自分にはあんな爽やかな笑顔はできないことだろう。思えば最近、あまり笑った記憶がない。せいぜいクラスメイトと喋るときの
つらつらとそんな事を考えながら食卓へ向かうと、すでに父と母は朝食の真っ最中であった。
「じゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
出勤した父の後を追うように、母の声に送られて大樹は家を出た。彼の高校までは歩いて15分くらいである。実はアニメやドラマの学園ものでよく見られる電車通学にも少し憧れていたのだが、母の「あんた早起きは苦手やろうもん」の一言であえなく断念したのだ。
「おっす、佐々岡」
自転車で追い抜きざま、声を掛けてきた同じクラスの男子生徒に手を振って「おうっ」と勢いよく答える。間違えずに自分の名前を呼ばれる、ただそれだけのことに有難みを感じる日がくるとは思わなかった大樹であった。
大通りに出ると、彼と同じ制服に身を包んだ生徒たちが多くなり、見知った顔も次第に増える。自転車での通学生もいるが、多くを占めるのは
そして、大樹が高校に到着したとき、彼の人生を大きく変えることになる事件が起こったのである。
「!?」
「2-4」と表示されている玄関の一角で、大樹は自分の出席番号が貼られている下駄箱を開き、ぎょっとした。
彼の上履きの上に、正方形の、薄いピンク色をした封筒が置かれていたのだ。慌ててそれを手に取り、表と裏を確認する。
チッ、と思わず大樹は周辺に響くような舌打ちをした。印象が悪いからやめろと両親にも注意されるのだが、なかなか治らない
「――もう4時間目か」
眼を閉じて、高齢の英語教師の朗読を聞いているフリをしながら、大樹はラブレターと思われるその手紙の扱いに苦悩していた。
正直なところ、午前中の授業にはまったく身が入らなかった。
いったい何度、その封筒をポケットから取り出しては慌ててしまいこんだだろう。
「本当に、どうしたもんかな…」
その外観から、嫌がらせや決闘の申し込みなどの物騒な内容でないことは明らかだ。いやまあ、いっそのこと、その
今の大樹に予想できるのは、そのラブレターの本来の受取人だけである。とはいうものの、未開封の状態で「これ、俺の下駄箱に間違えて入っていたから」と届けたとして、万が一、このラブレターが大樹宛てであったなら取り返しのつかない大惨事だ。いずれにしても差出人の最もプライベートな内容を、まずは大樹が知る必要がある。ほんの数グラムの紙切れが、大樹に重くのしかかっていた。
―――いっそ読まずに、
と、少しヤケになって考えてはみたものの、それはそれで気の毒な話であった。
「ふうう—―っ」と一つ、覚悟の大きなため息をついて、大樹は自身の体で覆い隠すようにしながら、破れてしまわぬよう慎重に封筒を開け始めた。折よく周りの生徒たちは出題された英文の和訳に集中している。大樹は封筒から微かに漂う芳香が、隣の席に届かないかと冷や冷やしながら中身を取り出した。それは封筒と同じ色の、薄いピンクの便せんであった。
「My Dear」と、いかにも女子っぽい丸文字のアルファベットが目に入る。丁寧にも、赤ペンで陰影を付けてあった。大樹はその先を読み進めた。開けてしまった以上、中身をすべて読んでも同じことだ。
「ずっとあなただけを見ていました。見ているだけで満足しようと思っていました。でも、頑張っているあなたを見て、私も勇気をもらいました。どうしてもあなたに伝えたいことがあります。今日の放課後、屋上で待ってます。どうか来てください」
読み終わった大樹を後悔の念が襲う。これを書いた女の子のひたむきさが伝わってくるラブレターではあったが、困ったことに文面のどこにも名前がない。書かれてある内容から、大方の予想はつくのだが、それでも確定には至らない。そしてこの手紙は、大樹にタイムリミットを知らせるものでもあった。読んでしまったからには、この手紙は放課後までに本来受け取るべき者に届けなければならない。
そうしている間にも4時限目は終わろうとしている。あまり思い悩む時間は残されていなかった。
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