第14話 異世界でも有りがちな秘策
洞窟を出るとそこは崖の上。五〇メートルほど下を、谷底に沿って細い街道が通っており、その先を谷ごと塞ぐような形で重厚な砦が築かれている。
「……こんな所によくもあんな砦を築いたもんですねえ」
街道を見下ろしながらアノニムが漏らす。資材を運ぶだけでも大変だったろうに。まあ、そのぶん砦としての機能は認めざるを得ない。あの砦を通らずにこの間道を抜けるのは、ちょっとムリだろう。
「なんじゃ、ハルヴァ将軍のサンド峠越えを知らんのか? 昔、この間道を利用してトラヴァリアに攻め込んだグレイビルの武将がおったのよ。トラヴァリアとしては、辺鄙な場所であっても塞いでおかぬわけにはいかんのじゃ……それにしても」
「……なんか渋滞してるみたいですね……」
砦の門前に、旅人の列が出来ている。この間道自体、あまり人通りが多いとは言えないのに、その出国手続きが滞っているとは……。普通に考えれば、何か手の掛かる『検分』をやっていると思われる。
「……昔、ここの受け持ちは『鼻薬』がよく効いたのじゃが……今、それを頼みにもできまいなあ。まず、ちょいと中の様子を見てみようぞ」
老巫女はハンカチほどの布きれを取り出すと一振りする。と、布きれは数羽の小鳥に変化した。マジックショーさながらである。
「おお!」
「ふふっ、それ行けぃ!」
小鳥は一斉に砦の方へ飛んでいった。続いてエリスは、寿司桶のような器を取り出す。
「お主、水が出せたの? この中に溜めよ」
「え? 自分でできるでしょ?」
「つべこべ言わずやらんか。ムダに魔力を余らせよってからに」
「……へーへー」
平桶に水を溜めると、老巫女は手をかざして呪言を唱えだした。見る間に水面が鏡のように澄み渡り、離れた場所の光景が映し出される。
「おおー……」
「使い魔の視界が映されるわけじゃ……さて」
砦内での、旅人への尋問の様子を観察する……
「……これ、何しゃべっているかは聞けないんですか?」
「それはまた別の魔道具が必要になるでのう」
そこまで万能な魔法ではないらしい。……まあ、観察しているうちにおおよその見当は付いた。
「……どうやら、女主人とその従者といったグループを尋問スキル持ちの係官がチェックしとるらしいのう」
ミュシャ神殿の女神官長が標的となれば、そういうチェックの仕方になるのも当然か。
「メグナのギルマスみたいに思考誘導でなんとかなりませんか?」
「……さて……尋問官の力量にもよるのだが、既に『こういう相手を探せ』という指示が出されているとなると、難しいやもしれぬ。……既に与えられた脚本を変えるより、配役を入れ替えるか」
エリスの出したアイディアは、奇抜でありながらどこか懐かしさを感じさせるシロモノだった。
◇
(えーと、何て言ったっけ、これ? ここまで出かかってるんだけど……)
覚えているはずの言葉がのど元まで出ているのに、出てこない。あのもどかしさを感じながらアノニムは砦の前に立つ。
「……どうされました坊ちゃま」
「いや、つい考え事を」
「後にして、まずは進みましょう坊ちゃま。あちらが貴賓の門ですじゃ」
口調は大幅に変わったが、そのウラに「さっさと動かんかい!」という圧を感じる。――老女神官は商家の質素な使用人といった姿に身を変えていた。対するアノニムは、ムダに金の掛かった装備の冒険者風……といった服装である。エリスの空間収納(異空庫と呼ぶのが一般的らしいが)に入っていた装備をあれこれ組み合わせて、なんとか『設定』に近づけてみた。そう、アノニムが商家のボンボン主人、エリスがお付きの従者という設定である。
『ホントにやるんですか? 芝居なんて、責任持てませんよ?』
『ええい、いい加減腹をくくらんかい!』
ひそひそ話を最後に、あきらめて貴族その他の要人向けの通用門に向かう。大根芝居の始まりだ。アラは、婆さんが精神誘導スキルでなんとかしてくれる事を祈ろう……
向かった先では門番が、アノニムの絶妙に派手でシロウトくさい冒険者風装備に戸惑っている。
「な……何だ、お前たちは?」
「あ~、キミ、いいかな? 僕たちは王都に居を構えるザルック商会の者でね……」
鼻から抜けるように、キザな言い方を狙ったのだが、自分のセリフが思った以上に『はまって』聞こえたのに、自分でも驚いた。
◇
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