第13話 その身に宿したモノ

 エリスの指示に従い、獣道のような脇道を進む。一時間ほどすると崖が崩落したような場所に行き当たり、裂け目のような洞窟の入口があった。


「ここですか……」

「昔は何度も通った道じゃ。グレイビルへ出るルートをくらますためにな……その頃はまだ冒険者をやっておったがの」


 そういう経歴の人なのか。道理で腕が立ちすぎると思った。一つ納得のアノニム。しかし、昔の話はそれはそれとして……


「……何か、奥からイヤな気配がするんですが」

「おお、よいカンではないか。正解じゃ。二十年くらい前から面倒な魔物が住み着いて通れなくなったと、昔なじみがこぼしておった。今回、退去してもらおうぞ」

「二十年住んでたら、ごねると思いますよ……」

「話し合いの余地はないのじゃ。悲しいのう。さあ進んだ進んだ」


 ◇


 洞窟に巣くっていたのは巨大蜘蛛の一家だった。一家である。子蜘蛛もいました。「蜘蛛の子を散らすよう」と言えば散り散りばらばらの逃走表現だが、洞窟の蜘蛛一家は一歩も退かず抵抗してきた。……うん、並の冒険者だったらエサにされてただろうから、魔物サイドに感情移入するのは間違っているんだろうけど、こちら側が闖入者だという自覚も相まって、殲滅完了後、少々後味が悪い。

 手を腰に当て、感慨深げにエリスが漏らす。


「いや、さすがに二十年育つと、闇渡り蜘蛛といえどでかくなるものよのう。お主、異空庫に余裕があるなら死体を拾っておくといい。相場次第じゃが、こやつが体内に蓄えておる糸は同重量の金より高額で取引されるぞ」


 前言撤回。蜘蛛、オイシイです! 手当たり次第空間収納に収め込む。


「……ほどほどにしておけ。どういう容量じゃ、全く。ほれ、結界の中に入れ。休憩じゃ」


 アノニムは目に付く蜘蛛の死体を、子蜘蛛含めてきれいに掃除してしまった。そのさまに呆れつつ、老巫女は結界内に呼び入れる。

 まずは、とばかりに猫さまを立派な敷物の上に移す。そしてエリスは恭しく向かい合い、オカリナに似た笛と、金属器部を抜いたタンバリンとでも言ったような鼓を取り出した。


 タン、タ、タンタン、タン、タン、タン……


 導入のリズムに続き、笛の音が奏でられる――最初はさみしげな音色が、やがて鳥のさえずりのように変化して、季節の移り変わりを描いた曲だろうか? 日本で暮らしていた頃はポップス以外自分から聴きに行った事もなかったのに、なぜかこの場で聴く異邦の曲は心に沁みた。曲は再び静かな曲調に戻り


 タン、タ、タンタン、タン、タン、タン……


鼓のリズムで締めくくられた。

 目を細め、尻尾を揺らめかせる猫さま。何となくご満悦が伝わってくる。蛇足かもと思いつつ、アノニムも控えめに拍手を捧げた。


「……さ、行軍食を出しとくれ。食べ終わったら辺りの用心は結界に任せて全員一気に眠るよ。そうさね……四時間と思っておきな」


 若干照れていたのか、老巫女の語調が柔らかかった。

 乾し肉をかじりながら、アノニムの視線はつい、出しっ放しだったオカリナそっくりの笛に向けられていた。視線に気づいたらしいエリス。


「なんじゃ? 気になるのかえ?」

「……いや……俺の、故郷で見た笛と、同じかなあって」

「どこのモノも大した違いはないと思うがのう。吹いてみるかい? む、他人が使ったばかりではの……『浄化ピュリファイ』……ほれ」


 渡された笛に指を当ててみる。……やはり似ている。ほとんど同じに思える。口に当て、息を吹き込むと


(あ……)


 音階は、ほとんど同じに感じられた。


「……ほう、音の階梯は心得ておるのか? 何か曲は吹けぬかえ?」

「……上手くはないですけど」


 小学校での授業の記憶をたぐり寄せてみる……

 ラー、ラー、シー……ラー、ラー、シー……

 たどたどしくとも、忘れがたい旋律を紡いでゆく。春の季節の曲。薄桃色の花が、木全体をこんもりと覆うように咲く景色。こちらの世界で、あれに類するような、近い咲き方をする花にさえ会った事がない。また――再び見る事が叶うだろうか。そんな思いに捕らわれると鼻の奥がツンとした。ぐっと抑えて、最後のフレーズを吹き終える……

 エリスが小さく拍手してくれるのを聞きながら手を下ろす。と、ペロリと指を舐められた。

 見れば猫さまが「座」から下りてきていた。軽く細めた目を合わせた後、ゆっくりと振り返り、また座所へ戻っていく。


「……あ……どうも……」


 曖昧な礼をするアノニム。何となく猫さまが慰めてくれたような気がしたのだ。


「あの、これ……?!」


 笛を返そうとエリスを見ると……異様に目を見開いて、驚愕の表情で固まっている。


「……(呆気)……」

「セネディーさん? あ、そうか……」


 笛を浄化しなかったのを咎められたのかと思うアノニム。しかし、実のところ正式な浄化の魔法は習っていない。仕方ないので水魔法で洗浄し、渡そうとしたのだが


「……い、いや、そういう問題ではない……これは……」


 老巫女は一度オカリナを受けとって、しばらく考え込んでいたのだが


「……小僧、これはお主に預けておく。依頼達成の際には、正式にお前のモノとするがよい」

「え? あの……お気持ちはありがたいですけど、俺、笛が吹けるってわけじゃ」

「……そこらも教えてやりたいところじゃが、時間がない。今は休め」


アノニムに押しつけるようにもう一度渡すと、ゴロリと横になって、その場での話を打ち切った。


「……まったくもう……気まぐれにもほどがある……」


 小さなつぶやきが聞こえたが追求する気も起きず、アノニムも自身の休息を優先した。


 ◇

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