第12話 猫さまの御心のまま


「はぁっ!」

「せっ、ぐぁっ!」

『クレイ!』


 一人と一匹が逃走を迷ううちに、四人の戦いの火蓋は切られたらしい。

 追っ手の内、前衛役は二人。筋骨たくましい棍使いと、細身で俊敏な双棍使い。後衛は最初に会話していたザカロックという男で一行のリーダー格と見える。棍使い二人の互いに干渉しない絶妙のコンビネーションを、老巫女はススキを払うように受け流し、踏み込んだ。気合いも踏み込みの音もなく、双棍使いの身が五メートルほどはじけ飛び、巨漢は自分の棍ごと絡め取られるように投げ落とされた。さらに魔力の流れが見えるアノニムの目には、エリスが放った風属性魔法と、ザカロックの短縮詠唱・土属性魔法が、発現する前に相殺したのが観ぜられた。どちらが仕掛け、どちらが相殺したか、にわかに判別できない。


「くふふ……懐かしいですな」

「相変わらず冴えておいでだ」

「……ふん、少しは腕を上げたではないか」


 掌底を食らった細身の男は自ら飛び退いてダメージを減らし、巨漢もまた、逆わらず受け身に徹したらしい。大きなダメージは見られない。

 ……これは苦しい。三対一でここまで拮抗させるエリスの実力は大した物だが、このままでは人数に勝る相手側に押し切られる。エリスとすれば、時間さえ稼げれば十分なのだろうが……


(痛い、いたいって!)

(フカーーッ!)


 猫さまが爪を立てるだけでなく、お怒りの形相までみせている。声を出さないので、まだ分別があるが。

 ……見てないで助けろ、ということだね? まかり間違っても『さっさと逃げろ』って怒ってるんじゃないよね?

 ……試しにと、その場に背を向けてみたら


「イッ!」

「!!……」


この日一番の爪を頂戴した。間違いない。

 仕方ないよね? 俺の任務は猫さまの護衛だって言うし、その意向を無視できないでしょう? もう猫さまの機嫌を損ねてしまったみたいだし。ネコと和解せよ、だ。

 身体強化魔法をかけながら戦場に駆け戻る。


「! バカ者、どうして……!」

「猫さまのご指示!」


 いち早く接近に気づいたエリスにそう言い置き、首掛けの背負子ごと猫さまを預けた。その時点で既にアノニムの速さは常人の域を超えている。


「ぬ?」

「伏せ手か?!」


 答える気はない。スピード勝負だ。婆さんとコンビネーション訓練なんかやってないんだから、三対二で戦ったって戦況はよくならない。この連携巧者の相手には、圧倒的なステータス差で押し切るしかない。

『反動』が起きるギリギリの身体強化をかけながら、集中力の極み『ゾーン』に没入する。辺りの全てがスローモーションに見えてくる――

 空間収納から魔物の角を取り出し鞭化させる。角材みたいな棍を振るうマッチョマンの、上半身丸ごとからめとって、特定の魔力信号を流す。


「ぬあ!? 何じゃこれは?!」


 鞭はそのまま硬化してマッチョマンを拘束した。悪い。五秒くらい大人しくしてて!

 そのままスルーして細身のイケメンに向かう。こいつもスピードファイターらしいが……何とかなるだろ。


「くっ!!」


 イケメン君、疾風のように双棍を繰り出してきた。昔見たクンフー映画を思い出しつつ、受け流してカウンターを合わせる。

 ゴガガガと、ミキサーに堅いものを入れたような音が響いた。……いてて……思ったようには受け流せないもんだな。お陰で反撃に力が入ってしまった。顔が少々曲がっちゃったかも知れないけど、回復魔法がある世界だ。勘弁してくれ。


「ぐはぅ……」

『ストーン!』


 イケメン君がくずおれて射線が開いた瞬間、ザカロックが短縮詠唱を唱えるのに気づいた。この間隙に切り込んでくるか。

 多分『石礫弾ストーンバレット』だろう。何事も経験。魔力の相殺を試してみようか。

 思いつきで無詠唱の『つむじ風ウォルウィンド』をぶつけてみたアノニムだったが、


「ぐわああああぁぁっ!」

「あ、やべ」


しょせんは思いつき。相殺は失敗した。

 ただ、つむじ風と言うには竜巻じみた暴風に、ストーンバレットは完全に呑み込まれ、ザカロック氏ごとシェイクするという複合魔法の暴力となってしまった。

 自分の放った魔法を食らいながら、きりもみ状に吹っ飛ばされていくイケオジ風神官。あれ、死なんよな?


「ぬおおおおお!」


 一瞬意識が逸れてたら、腕の拘束を解くのを諦めたマッチョが、縛られたままで突っ込んできた。丸太のような脚で蹴りを繰り出すが……


「遅い」

「ぬわっ! おぐっ!」


 上半身が固まったままでは、しょせん体勢に無理がある。あっさり蹴り足を絡め取り、体を逆向けて脳天逆落とし。それだけでは決まらんかもと、接触性の状態異常魔法を打ち込んでおいた。――『魔の森』でたちの悪いアンデッドが用いていたスキルである。最初に食らった時は、本当に死ぬかと思った――


「ぐがが…………」


 良い具合に麻痺が入ったらしい。と、そこへ


『……原初の地精。焼き尽くし後、生み出す者……』


吹き飛んだと思ったイケオジの正詠唱が響いてきた。リーダー格、さすがにしぶとい。ボロボロになってるが、熟練者があえて正詠唱して放つ魔法の威力は侮れない。

 かわすより、全速で接近・撃破の強攻策を選択。間に合うか?


「小僧! 殺すな!」


 婆さんが要らぬ気を回す。いやだなあ、殺意を示してない相手を殺しなんてしないよ。……不可抗力は別として。けりをつけた二人を見てわかるでしょう?

 だが、老巫女のその一言は、ザカロック氏の琴線に触れたのかも知れない。詠唱が一瞬、途絶えたのだ。倍速モードのアノニムにとって、十分な隙だった。高速当て身で意識を刈り取って終わらせた。

 追っ手三人を拘束し直し、街道脇へと集める。老巫女が吐息と供に漏らした。


「……今さらじゃが、呆れたヤツよのう、お主……」


 エリスの言葉が何を指しているかは明らかだったが、一応とぼけて返しておく。


「言っておきますけど、俺はセネディーさんの指示どおりしようとしましたからね?」

「わかっておる……まあ、私もお主の能力について把握できてなかった。やむを得まい」


 老巫女が三人に何かの結界魔法をかけた。薄いベールで覆われたようになって、眠り続けている。


「……これで三日は目を覚まさぬし、外敵もこやつ等を感知できん」

「そんなんで、いいんですか?」

「三日、時間を稼げれば何とかなる。馬が散ってしまったのは、ちとまずかったが……」


 メグナ方面を見やり、かすかに眉をひそめるエリス。軽く頭を振って思考を切り替えた。


「よし、ここから脇道に入る。もう一度猫さまを負ってお主が先、私が後じゃ……今夜は、ほとんど歩きづめかも知れんのう」


 タイトな行程に一瞬めまいがしたが、あれこれ詮索されるよりはマシかと気を取り直すアノニムだった。


 ◇

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