第11話 予告は受けていたけれど
結局引き受けてしまった。エリスが取っていた宿の一室で、依頼の背景説明を受けるアノニム。
決断の後押しをしたのは、エリスが明かした襲撃の可能性だった。マイナス要因も明かした事で、恐らくこの国――トラヴァリア貴族関係の罠ではなかろうと判断したのだった。
「私たちはグレイビル王国ミュシャ神殿からこちらに渡ってきた使節団じゃった。細かい事は略すが、さる用件でトラヴァリアの、同じミュシャさまを祀る神殿を訪ねたのだが、そこで少々諍いが起こってな……。急ぎ、グレイビルの本拠へ戻ろうとしておる。それを、嘆かわしい事に、同じミュシャさまの信徒であるトラヴァリアの連中が妨害してくる……という図よ。わかったかな?」
「大体は。使節団という話ですが、今はお一人(と一匹)で?」
見ればカラフルな三毛猫は、我関せずといった調子で皿につがれたミルクを舐めている。気にとめずエリスは続けた。
「追っ手の目をくらますために何手かに分かれた。それぞれ別ルートでグレイビルへ向かっておる。……で、我らはここ、メグナを発って」
言いつつ虚空から大判の地図を取り出した。思わず目を見張るアノニム。自分以外の空間収納スキルの持ち主に会ったのは初めてだったのだが、
「……何じゃ? この程度の『異空庫』持ち珍しくはあるまい? 一つの神に一心に仕えれば、この程度は授かるものよ。お主もなかなかの領域を持っていると見たが。どの神より賜ったものかは知らんがの」
「…………」
「まあ、お主の事情は今はよい。急ぎ出立せねばならぬ。メグナを発ったら、普通は街道を通ってマイア砦に向かうのじゃが、このルートは通らん。裏道を行く。それだけ覚えておけ。あと、これを」
肩にはすかいに掛ける背負子を渡された。小型のもので、赤子を胸の前で抱いておく用途の物に似ている。
「何です、これは?」
有無を言わさず装着された。と、三毛猫がヒョイッと飛び込んできて、中で丸くなった。
「わっ!」
「これ、大声を出すでない。猫さまが驚く」
猫は完全に背負子の中でリラックスしている。
「えーっと、その……俺は護衛に雇われたんですよね?」
「私の手が空くだけでもありがたいのじゃ。さすれば、自分の身くらい自分で守れるからのう」
口角を上げて笑う老巫女。内側から圧に似た気配が盛り上がる。……なるほど、普段は気配を抑えているわけか。確かに腕に覚えがありそうだ。
「俺、ずーっと猫さまの運び役?」
「いや、交代交代じゃな。そこは臨機応変に、じゃ。……そうじゃ、これは言うておかんとな」
エリスは真顔でアノニムに向かい合って告げた。
「もし私とはぐれる事態になったら、万難を排してグレイビルのミュシャ聖神殿へ猫さまを届けるのだ。仮に私が捕らえられ、人質にされても一顧だにしてはならん。その使命さえ全うすれば、ミュシャ聖神殿はお主を決して粗略に扱わぬ。……よいな……護衛対象は、猫さまじゃ」
「…………」
最後のひと言は声を潜めて告げられた。重大な秘密を明かすように。
「よし、消耗品を買い込んだら出発するぞ」
「えっ! もう!?」
「急いでおると言うたであろう。到着するまで強行軍を覚悟せよ」
今日くらいは宿に泊まれると思っていたアノニムだった。
◇
食料その他の消耗品を購入し、空間収納に納めると(当然のようにアノニムが大部分を引き受けることになった)一休みもなく出発だった。
街道を行き、城塞都市メグナも見えなくなってくると、愚痴に近い問いが湧く。
「今夜は野宿しかないですかねー。いい場所見つかりますかねー」
老巫女、動じる様子もなく
「擬装が優先じゃから一般的な『いい場所』はムリじゃろの」
今さらながら、えらい仕事を受けてしまったと思う反面、人里に出て軟弱になったかなー、などと思うアノニム。『魔の森』では野宿など何ほどの事もなかったというのに。
木々の影も濃くなり、擬装とかするにしても、そろそろ準備を、と考え出したその時――遠く馬の蹄が響いてくる。
「セネディーさん」
「隠れよ! 早く! ぬっ!」
次の瞬間、空間を波紋のように魔力の波が伝播したのが感ぜられた。直感的に探知系魔法とアノニムは察した。自分もレーダーの知識を元にした創作魔法だが、よく似た手段を持っている。
エリスの雰囲気が変わった。あわてるというより……仕方ないなあといったような苦笑を浮かべている。この手口を使う相手を、よく知っているというような……
「参ったの……彼奴らがこっちへ来てしまうとは……分かれたどれかに行ってくれればと、思うておったのじゃが……」
「セネディーさん?」
「小僧、済まぬがここからは一人で行け。この追っ手は私が何とか抑えるゆえ、後ろを見ずに走れ。よいな」
そのまま、落ち着いた足取りで街道の真ん中に立つ。やがて追っ手が見えてきた。馬が三頭、エリスの姿を認めると手綱を引き駆け足を止める。三人の男たちの中で、年かさのイケオジが口を開いた。
「……お久しゅうございます。セネディー神官長」
「息災の様だの、ザカロック殿」
男たちは馬上から下り老巫女の前に並んだ。全員、エリスとよく似たシルエットのローブ姿だが、色彩が、ちょうど反転したかのよう。黒に近い濃紺を基調とし、白で縁取られている。相対したさまは、昼と夜、光と闇を連想させた。
「この上は、もう抵抗せず、ご一緒していただけませんか?」
「お主らこそ王家の野心に振り回される愚を悟ってもよかろうに。もう私に小僧扱いされる歳ではないのじゃぞ?」
老巫女の言葉にはどこか寂しげな響きがあったが、男たちは小さく吐息をつき、身構える。
「もう何度も繰り返した話です」
「ミュシャさまは見守るだけで治めては下さらぬゆえ」
「もはや、是非もありません」
「…………」
……どうやら事態は何の誇張もなく切迫していたようだ。顔見知りらしい四人の間で闘気が膨れあがるのを見つつ、アノニムは指示通りにその場から離脱しようとしたのだが
「つっ!」
「…………!」
胸元に収まる猫さまに爪を立てられてしまった。
あれ? 逃走にはご不満だろうか?
「……えと……」
「………………」
ジト目ぎみでアノニムの顔を見上げている。どうも……ご機嫌ななめに見えるなあ?
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