第10話 老巫女と三毛猫


「……全く……だらしない……これでも独立独歩が建前の冒険者ギルドか……。トラヴァリアの連中は、どいつもこいつも権威に媚びるばかりの事なかれ主義者で……。まあ、あの坊やに絡んだバカどもは、見る目がなさすぎじゃったが。……いかがなされました…………は!? あの坊やを護衛に? ご冗談……ではない? 何でまた? …………面白そうって……まあ……ミューさまがそうご所望されるなら、是非もありませんが……」


 ◇


「いでででで……」

「ち、ちくしょう」

「覚えていやがれ~~!」


 判で押したようなセリフを残して『先輩』どもは退散していった。

 ……うん、手加減はした。大けがはさせていないし武具類を損壊させてもいない。しつこく逆恨みされるほどではないはずだ。……当初の予定とは違ってしまったが仕方ない。素材売却金を受けとって、急いでこの街を出よう。

 本当はしばらくこの街で情報収集と、ギルド組織への溶け込みを計りたかったのだが、事を起こしてしまっては……


「あー、そこな少年、困った事をしてくれたのう」

「は?」


 かけられた声の方を向いてみれば、一人の老女が立っていた。

 身長は一六〇㎝ほどか、真っ直ぐ伸びた背筋は歳を感じさせないが、顔に刻まれた歳月の後は、七〇後半から八〇前半と言ったところだろうか。錆びたオレンジ色の毛髪は、かつては濃い紅色だったと思われる。力のこもった瞳が印象的で、若い頃は相当な美人でならしたろう。白を基調とし、濃紺の縁取りがなされたローブを身にまとっており、ただ者ならぬ存在感を放っていた。しかし……彼女の肩の上には、それをさらに上回る存在感の姿があり、


「……これ、人と話す時は目を合わせて話せ」

「あ、ああ、失礼。あまりにキレイな猫だったもので、つい……」


 彼女の肩に立つ小柄な三毛猫がまた、視線を引き寄せる磁力を帯びているかのようだった。老女より猫に視線が向いていた事に気づき、アノニムは少々の努力を払って視線を移した。

 猫が目を細めて軽くアゴをしゃくり上げる。……まるで、笑っているように見えた。


「ほほほ、世辞が上手いの」

「いや、俺はオレンジと黒・白の三毛猫しか見た事なかったから……」


 かの三毛猫は、ピンク・水色・白の組み合わせである。目立つ事極まりない。さすがは異世界。そんな思いがアノニムの脳裏をよぎった。


「まあ話を戻すぞ。私はエリス・ミュシャール・セネディー。グレイビル王国ミュシャ神殿の巫女を勤めておる」

「はい、あの、アノニム……といいます。田舎生まれなんで名字はありません。なったばかりの冒険者です……」

「ほ、そういう設定かえ」


 言いつつ自分へ向ける老巫女の瞳に、魔力が籠められているのにアノニムは気づいた。薄く、青い光を帯びている。


「っ!」


 何か探知系のスキルかと、思わず身を固くしたが


「まあ、お主の話はよい。問題は私の事情じゃ」


エリスはあっさりと興味の方向を変えた。


「私は、急ぎ本拠地のミュシャ神殿に戻ろうとしておる。で、道中の護衛を雇うために冒険者ギルドを訪ねたわけよ」

「……はい」

「ところが、依頼しようとしていた冒険者パーティーを、少年が半殺しにして追い散らしてしもうた」

「え? えっ?」

「予定が狂ってしまったでのう、罪滅ぼしと思って、お主、私らの護衛を引き受けい」

「はああ?! 何を……言って……?!」


 一時、混乱して考えがまとまらなかった。

 半殺し? ちげーし! 自分の足で逃げてってるでしょ? あの連中を護衛にって、それこそ有り得ねーでしょう? 盗人に商品を見張らせるようなもんだよ? 罪滅ぼしって何が罪だよ! むしろ、あんな連中と関わらないで済んだなら感謝して欲しいくらいだし?! 中でも、ギルドのシステム上、有り得ねーのは……


「えーっと……落ち着いてください、セネディーさん。問題点を整理しますと、俺は冒険者登録したての駆け出しなんです。Gランクと言いまして、指名の護衛依頼を受ける資格をギルドから認められていないんです。ですので、ご依頼は受けられません、残念ながら」


 我ながら完璧だろうと思う『当たり障りのない断り方』だったと思うのに、目の前のババアはあっさり一蹴してくれた。


「なんじゃ、そんな事か。よし、一緒にギルドマスターを訪ねるぞ。ルールという物はな、破るためにある……は極論として、現実に不都合であれば当事者同士で話し合ってより有益な解釈を見いだすものじゃよ。それができんようでは、同じ事を繰り返すオウムかキュウカンチョウと一緒じゃぞ?」

「ちょっと、ちょっと……セネディーさん?!」


 腕をとられて連行される。なぜか抵抗できなかった。ギルド長室へ通じる階段の途中で、ようやくこれは高度な『柔術』に類する技だと気がついた。この婆さん、ただ者ではない。

 ギルドマスターとの交渉も異様だった。最初はエリスを敬いながらも、慇懃無礼にギルドのルールは一切動かさないといった構えのギルマスだった。しかし老巫女が口八丁、様々なたとえ話を絡めて説得するうちに「はあ……」「そうですね……」などとつぶやくようになり、最終的には特例としてGランクの護衛指名を認めてしまった。

 脇で控えて話を聞いていたアノニムには信じられない結果だった。エリスの言い分、筋道立って説得力があるとはとても思えない。むしろ……精神魔法か何かとしか……


「さて、手間取ったのう……何じゃその目は」


 ギルド長室から出て腰を伸ばしているエリスに、つい懸念のこもった視線を向けてしまう。


「……一体何をやったのです。心を操ったとしか思えないのですが」

「ほほほ、そんな大仰なものではない。人が普段演じている役割ロールを、少し誘導しただけよ」

「役割?」

「うむ、世の中で生きていれば、自覚のあるなしに関わらず、何かの〝役〟にはまり込んでおるものよ。それを……おっと、お主が心配しておるのは、自分が誘導されるのでは? ということじゃな? 安心せい、そんな事はせんよ。わかりやすく報酬で釣るわい。耳を貸せ…………でどうじゃ?」

「えっ……」


 正直、相当な高額である。今の自分に、ありがたいっちゃ、ありがたいのだが……


「期間はおよそ一週間。諸経費は別払いじゃ」

「……うーん……」


 自分の意識は本当に操られていないだろうか? 不安になるアノニムだったが、重ねたエリスの言葉はむしろ「冷や水を浴びせる」ものだった。


「後コレも、言っておかんと不公平じゃろうな……道中の襲撃は、あると思ってくれい」

「…………」


 ◇

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