第9話 ままならぬ第一歩

 数ヶ月後――俗に言う『魔の森』の西端、トラヴァリア王国とグレイビル王国の国境近くを守る城塞都市メグナの冒険者ギルドに、軽く髪を染めて目尻に隅を入れたトモヤの姿があった。

 ザルトクスで求められていた殺戮兵器としての能力ではなく、自分自身に必要な能力タイプに自身を鍛え直してきた。また、故郷の科学知識を元にいくつかの〝創作魔法〟も開発してみた。子爵家を脱出した日以降、なぜか無属性の魔力が扱えるようになっており、これが新たな観念による魔法開発には非常に有効だったのだ。様々な変化から、以前の自分を知っている者に見られても、めったに同一人とは思われないだろうという自負はある。

 今は受付カウンターでギルド登録作業の真っ最中である。……人知れず、相当に緊張している。思えばどれほどの『テンプレ』が、この場所から生み出されただろう。しかし、トモヤは目立つわけには行かなかった。フリでも何でもなく、ホンネである。

 いかにも目立たない中年男性の職員に担当してもらった事は幸先が良かった。


「……名前はアノニム、田舎の村で孤児でした。歳は十六にはなってます……」

「……はい……結構です。ギルドカードの認証を行います。こちらに血か唾液を付けてください」


 受付カウンターにホールが隣接し、一角に酒場がしつらえられている。そこにたむろする何人かの暇人の視線が、自分に向けられているのに気づいていた。時刻は、元世界でいう午前十時頃。朝の業務が一段落した頃を見計らって来たのだが、この時間から酒場でくだを巻いてる連中がいるとは予想外だった。……この酒場の配置は構造欠陥ではなかろうか。酔っ払いにエサを与えているとしか思えない。

 認証にツバを使うと「痛いのイヤでちゅかー」などと絡まれる未来が予測できたので、ナイフで指の背を少し傷つけ、血を一滴たらす。

 ……酒場の席から、つまらなそうに鼻を鳴らす音が聞こえた。


「はい、結構です。これであなたも冒険者ギルドの一員です。細則の説明をお聞きになりますか?」

「いえ、資料室で細則が閲覧できると聞いてます。そちらを許可してもらえますか?」


 トモヤ(いや、この時からアノニムと名乗り始めたわけだが)としては職員の手間を省いたつもりで、事実、職員の顔には喜色が浮かんだのだが、「けっ、田舎モンが読み書きできますアピールかよ」などという声が、酒場から流れてきた。

 そんな物がアピールポイントになるという発想がなかった。どういう反応を返せばいいかわからず、無反応のまま資料室に向かったが……暇人連中は無視されたと取ったかも知れない。一時間ほど資料を読み込みホールに出てみると、まだくだんの連中は居座っていた。

 もう無関係で押し通そうと決め、カウンターへ再び向かって、先ほどの中年男性に尋ねる。


「魔物素材の買取はやってもらえますか?」

「はい、もちろん。あちらの隅の方の窓口へ……」


 誘導された先の石造りのテーブルに、手製のリュックというか背負子から皮素材をいくつか広げた。

 トモヤ――アノニムとしては、目立たない程度の、冒険初心者でも狩れる魔物だけを選んだつもりであった。残念ながら、魔物の細かい知識はザルトクス子爵家では教えられず、『鑑定』に類する便利スキルも持ち合わせていないので、彼本人の『手応え具合』が基準だったが。慎重を期すなら、魔物の知識を蓄えてからにすべきだったかも知れないが、手持ちの現金が乏しいという懐具合も切実だった。


「ほう、なかなか良い状態ですね……ん?!」


 中年職員の表情が変わった。地雷を踏んだかと、アノニムの背に冷や汗が浮く。


「これ……この、ドローレス・サンショウウオ、君が倒した獲物ですか?!」


 特に厄介だった覚えはないのだが、職員の昂奮した様子から、新人には不釣り合いな魔物だったらしい。とっさに曖昧な作り話でつじつまを合わせる。


「あー、えーっとぉ、どれだったかよく覚えてないんですが、偶然、行き倒れになってたヤツを見つけて、ラッキー! みたいな事が……」

「行き倒れ……他の魔物にやられたとかですか? まさかとは思いますが……他の冒険者の獲物を横取りしたなどという事は」

「違います! そんな事やってません! 最近、近場で、横取りされたって冒険者の訴えがあったんですか?」

「……まあ、確かにそんな話があったわけではありませんが……わかりました。君の言い分を信じましょう」


 ……納得しきれていない様子だったが、職員は矛を収めた。危なかった……ドローレス・サンショウウオ、後で調べておこう。

 査定に三十分ほどかかるといわれ、ホールで待とうとしていたアノニムを、酒場でたむろしていた連中が取り囲んできた。


「よう新人ルーキー、登録初日からギルドをナメたマネしてくれんじゃねえかよ」

「……どうも、先輩。なにか気に障りましたか?」

「とぼけんじゃねえよ! ドローレス・サンショウウオってのはなあ、オメエみてえな田舎もんのポっと出の手に負える相手じゃねえんだよ!」


 わざわざあんな話にまで聞き耳立てていたのか。何なんだ、こいつら。そんな思いが湧いたが、目立たないのが至上命題。できるだけやんわりと笑みを浮かべて話してみる。


「職員さんにも説明したんですけど、行き倒れたヤツに偶然当たったんですよ。他の魔物にやられたか病気だったかしたんでしょうね」

「は! んな偶然あるはずがねぇ!」

「万分の一、あったとしてよぉ、そいつがあんなキレイな素材になるわきゃねーだろ! 食い荒らされるか干からびるかするのがオチよ!」

「おぐっ」


 辺りから目立たぬよう隠蔽しながら腹を殴ってきた。ダメージはほとんどなかったものの、衆目のある場所でこんなマネをしてくるとは……。不意を突かれて、つい間抜けな声を出してしまった。


「おら、表まで顔貸せや」

「オメーみてーな盗人根性のガキは、ちっと教育してやんねーとよ」


 ……ようやく読めてきた。こいつらは最初から新人相手の恐喝目的でとぐろを巻いていたんだ。表に引きずられながらギルド職員の方を見ると、視線を合わせないようにしている。そうか……細則『ギルドメンバー間のいざこざは、当事者が解決する事。ギルドは基本的に介入しない』とは、こういう事か。

 先輩という名のゴロツキ数人とアノニムがホールから出ると、不自然な方向を向き目を反らしていたギルド職員は、一様に緊張を解いて吐息をついた。


 ◇

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