第8話 『魔の森』にて

 森の生活は苛酷だった。何より最初は、ザルトクス子爵家に追われているという意識がトモヤを苛んだ。トモヤからすれば因果応報、自分らがやった事の当然の報いと思うが、ああいう特権階級意識に凝り固まった連中に、その道理は通用しないだろう。

 それがために無理をして森の奥へ分け入り、明らかに格上の魔物にぶつかって死を覚悟した事もあった。

 ユニコーンのように頭部から長く延びた一本角を持ち、しかし体は鱗に覆われた四足獣だった。体長五mに達しようかというサイズを別に、フォルムだけを比較するなら地球のセイザンコウに似ている。似ているのは格好だけで、ヒョウのような身のこなしだったが。何より特徴的で厄介だったのは、角をムチのように変形させて攻撃してくる事。ある時は硬質の槍として、またある時はしなやかで伸縮するムチとして、変幻自在にトモヤを翻弄してくれた。おまけに、その攻撃をかいくぐって胴体に一撃食らわせても、鱗が固くて通らない……。あまつさえ、鱗の皮膚は魔法耐性も強靱だった。

 絶望を感じた瞬間、幼い頃の思い出が蘇ってきた。それは、トモヤが日本の地方都市で暮らしていた時に体験した大地震の際『――神さまはいない。誰も助けてくれない――』そんな、自分がむき出しになるような感覚である。

 その時、周りの全てがより鮮明に感じられる瞬間が訪れた。多くのトップアスリートが語る『ゾーン』という集中力の域に達したのかも知れない。トモヤの目に、魔物の体から漏れる魔力がはっきりと見えた。

 そして、この魔物の角の特性を理解した。魔力を流すと物性が変化するのだ。ならばと――角のムチをわざと腕に絡ませ、魔力を逆に流し込んだ。


「ギュオォォゥゥ!」

「……へえ、単に魔力流すだけじゃ、変わらないんだ。属性か、あるいは周波数みたいなもんか……取りあえず、死んでくれ」

「ギュアアアアアアアアアアア……!」


 魔物からすれば、脳に直結する導線から電流を流されるようなものだったろう。体表の堅い防御力も空しく、泡を吹いて悶絶死した。

 ため息をつきながらその場にしゃがみ込む。治癒魔法である程度ケガを治すと、強敵だった魔物の死体を空間収納に納めた。……きっと防具として有益なはずだ。

 つがいの片割れでもいるかも知れないと警戒しながら辺りを探索すると、人が立って入れるくらいの洞窟を見つけた。中を調べると動物の生活跡があり、あの魔物の角が数本落ちていた。どうやら、ここがヤツの巣で、角は季節か何かの周期で生え替わる物だったんじゃないだろうか。トモヤの胸にふと、この角を自分の武器にしてみたいという思いが生まれた。コレの厄介さは、自分で散々味あわされた所である。それを自分自身の力に変えられたら……

 そしてトモヤはその巣を自分のねぐらに変えて、しばし修行の生活に入った。辺りの魔物のレベルなどから、ここはザルトクス子爵家騎士団の踏み行ってこられる領域ではないと判断できたのも理由である。


(今の自分には足りない能力がいっぱいある。これからの方針も含めて、慎重に考えないと……)


 まず前提、自分はお尋ね者になっている。偽装の方法を身につけねばならない。[魔法、魔道具、単なるメイク]

 お尋ね者故にパーティーを組むと言う事はできない。必要な技能は自前で身につける必要がある。世界を渡った事と関係していると思うのだが、幸い『物覚え』は異常にいい。[回復スキル、状態異常耐性スキル、偵察スカウト系スキル、アイテムで補う方策もアリ]

 目標は生きて故郷へ帰る事。情報を探さなければならない。[図書館などはあるのか。あっても公開されている本などには無いように思う。禁書と呼ばれる物か。または『賢者』と呼ばれる人物を探し出して訊ねるか。聖教会や各地に散らばっている聖神殿の本部は狙い所かも知れない。あるいは、これはギャンブル的要素が大きいとは思うが、現在未踏破のダンジョンで得られるかも知れない〝古代知識〟]


(……やはり危険ではあっても人の住む領域の中に入り込むしかない。身分証を得るためには、冒険者登録せざるを得ないか……)


 それは、現在持っている自己の能力からは一番妥当な結論なのだが、だからこそ、自分を探そうとする連中も真っ先に網を張っていそうな場所である。


(……大丈夫だ。目立たない事。それを徹底するんだ。末端の冒険者の莫大な数に紛れてしまえば、コンピューター登録なんかないこの時代レベルで探せるはずがない……)


 ◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る