第7話 〝掃除〟の仕上げに
マールクント伯爵領都ニルーバ、ザナ聖教会にて。
旅芸人アノニムは、聖教会・聖堂院長などというお偉いさま直々にお説教を頂いていた。
「よろしいですかな? 幼子たちへ大人が与える物語というモノは、決してないがしろにできぬモノなのです。親兄弟への愛、隣人同胞への友情、やって良い事と悪い事の最初の芽を、子供の心に植え付けるに等しい」
「はい……誠に、ごもっともです……」
「然るに、あなたのコレは何ですか?! うら若き婦人が人前で粗相をするなどと……いかがわしいにもほどがありましょう!」
「そうおっしゃられるとグウの音もでませんが……私らもウケを取らないわけには行かなくて。神父さまも子供たちが大笑いしてたの、ご覧になったでしょう?」
「笑いを取れば良いというものではありません! それは、すぐに消えてしまう儚い心の快楽です!」
「はあ……」
アノニムは目の前でムキになって『板芝居論』を繰り広げる老神父を見て『石地蔵を四角く削ったみたいな人だなー』などと思っていた。頑固一徹を形にしたような人物である。説教を食らう立場になったのは不運だったが……こういう人物は個人的に決して嫌いではない。
「……まあ、初回の『ザナ神の戒め』は、良い出来だったと思いますよ……。絵板の補修もありがたく」
「いえいえ、貸して頂くモノにはいつもやってる事ですから」
常の事として、初回の上演は地元聖教会貸与の絵板で行った。古い作品だったので痛んでいた部分も多く、塗り直してから上演したのだった。
「それで済ますわけにはいきません。補修代は別途お支払いいたします」
こういう筋を立てる所が、頑固者の美点だと思う。
「それでは神父さま、絵板の賃料、上演の場所代、それとお目汚しだった絵板の〝保管料〟と併せて相殺して頂く、という形で……」
「えーと、賃料、場所代、保管料……保管?」
手を合わせて神父を伏し拝むアノニム。『このポーズ、こっちの世界でも通じるのかな-』などと思いつつ。
「どうか、アレのご返還を!」
「……アノニムさん……」
「大人限定の演目にします! 夜の酒場限定にして、子供の前では演りませんから!」
「……本当に、もう子供の前でやりませんか?」
「カミサマに誓って!(どの神さまとは言わない)」
ジト目を向けていた老神父だったが、ため息をつくと
「……まあ……いい歳になってしまった大人に、『清廉』を求めても仕方ありません……。この証書を持って二番倉庫で受けとりなさい」
「ありがとうございます、神父さま! これで何とか酔っ払い相手に日銭を稼いでいけます……ザナさまのお慈悲に感謝を!」
『ごめんよ~神父さま、大人向けの話は、も少し過激なんだ!』などと心の中でわびていたのだが、急に老神父はアノニムの手をがっしりと握りしめた。
「!?」
「アノニムさん……あなたは芸人として、確かな技量を持っておられます。今は意に沿わぬ卑俗な芸風に身をやつしておられるが、いつかきっと日の目を見る事がありましょう!」
「はい……ありがとうございます……?」
変な方向に、同情されてしまった。
◇
返却された絵板を背負い、旅装姿のアノニム。大聖堂入り口で木箱を抱え、喜捨を募っている新人聖職者に一礼し、硬貨を投げ入れておいた。その場では銀貨(一枚千円相当)にしか見えなかっただろうが、後から板金(一枚十万円相当)が入っているのに驚くだろう。
領主とは裏腹に、聖教会の職員は皆、清貧を貫いているようだった。人さらいや奴隷商から巻き上げた金が元なので、できれば被害者遺族に渡したいのだが、調べる術がない。ならばせめて聖教会に預ければ、弱者のために使ってくれるだろう。しょせんは偽善と承知の上で、アノニム――トモヤの、最低限の『けじめライン』だった。
騎士団の騎馬が行き交い、常より騒然とした雰囲気の大通りを行く。ニルーバの南門に着くと人だかりが出来ており、門番と押し問答をしていた。
「だから今は通せないと言ってるだろう! 明日、改めて身性改めの場を設ける。話はそれからだ!」
「誰の命令だよ? ああ? 大体、Bランク以上の冒険者は、緊急時の領主要請以外は従う義務はねえんだぜ?」
「冒険者はおいといてもよぉ、命令書を掲げないってのはおかしくないか? 今まで、それが慣例だったろうに」
「本当に伯爵さまの命なのか? まさか騙りじゃあるまいな?」
「くっ! 黙れ、だまれぃ!」
……『不測の事態』に領主側は、何とか人の流れを抑えようとあがいているようだ。『現領主の身に何かあった場合』など、フツーに準備しておくべきだと思うけどねえ。
一般人向けと離れて設置されている貴族向けの門に向かう。暇そうにしていた門番が、近づいてくるアノニムを見るや目をつり上げて怒鳴ってきた。
「なんだキサマは! こちらの門はお前のようなヤツが来る所じゃない! とっとと引き返せ!」
アノニムは無言でポケットから懐中時計を取り出し、蓋を開けて刻まれた紋章を示す。門番の顔色が変わった。
「そ、それは伯爵家のご紋?!」
「しっ、声が大きい」
声を潜め、落ち着き払った態度でアノニムは門番に話しかけた。
「私は伯爵閣下より密命を託された者だ。南方のフェザー子爵領へ至急赴かなければならん」
「は……秘密任務でありますか。重責、お察しいたします」
「目立たぬよう、使用人口だけ開けてもらいたい。お願いできるかな?」
「お安いご用であります!」
門番は、アノニムが自分の上司と言わんばかりの態度で従い、通過させた。
「君が話の早い人物で助かったよ」
「いえいえ、そんな、これしきの事……」
「ついで、この件は今のところ伯爵閣下と私だけが知っている話でねえ、君も他言無用に頼むよ。忘れてくれれば、さらにいい」
「わかりました、お任せ下さい! 自分、記憶力は悪い方ですから! がははは!」
笑みを交わしてアノニムは立ち去った。
持ち場に戻った門番氏。高揚していた表情が、次第に普段のテンションに戻って行き……一般人門の喧噪を眺めて独りごちる。
「……ふぁぁ、退屈過ぎらぁ……こうまで何もねえと、向こうとちょっと替わってもいいくらいだぜ」
◇
「……さて、こいつはどうしたもんか……」
ニルーバを離れ、街道に人影も見当たらないあたりで、アノニムは懐中時計をもてあそんでいた。言うまでもなく、先ほどのような用途を想定し、昨夜伯爵からちょろまかした物である。用が済んだら微妙にジャマに思えてきた。良品なのはわかるし、売ればそこそこの値は付くのかもしれないが、伯爵家の紋章を消したりする手間を考えると……微妙である。まあ空間収納に突っ込んで後回しだ。
しかし……『物語の筋に人を引き込む』幻術、使っていて自分でも恐ろしくなる時がある。普通、門番だってあんなにあっさりと相手を『秘密連絡員』などと信じないだろう。真っ先に疑うのは懐中時計が盗まれた可能性である。
(一体自分の身にどんなスキルが生えているやら……ま、助かっていますけどね)
アノニム――トモヤの脳裏に、かつて一緒に旅した神との道行きが思い返される。
ザルトクス領を逃れ、深い森を半年近くさまよって、ようやくたどり着いた街での出来事だった。
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