第5話 ブロウニン奴隷商館

 奴隷商オーギュスト・ブロウニンは、仮面をかぶった男に杖を突きつけられて脂汗をたらしていた。

 どこから自分の店舗兼自宅に忍び込んだものか。商売柄、防犯には人一倍気を使い、領都ニルーバでも滅多にない〝堅城〟と自負していたのに、フクロウの仮面を付けた賊に、あっさりと居間へ侵入されてしまった。


「うぐ……ぐぷぷ……な、何者です……わ、私に、何の」

「まず、この屋敷の外部に繋がる警報の導魔線は全て断ち切った。防音の結界もお前の管理から外してある。つまり騒いでもムダだ」


 頼みの綱が切れたと告げられた途端、オーギュストの顔色はさらに蒼白になった。二重アゴを盛り上げ、肥満体を搾るかのように冷や汗を流す。肝が据わっているとは言いがたい奴隷商だった。


「か、金か? 払う、いくらでも出す! だから、命だけは……」

「盗賊を使って違法に奴隷を集めていたな? 関わっている貴族、役人、得た金額とその流れ。一切を話してもらおう」

「げほっ! げほっ! なにを……! 違法、どれ……知らん! わたしは……閣下の許可のもと、正当な……うぎゃああああああっ!!」


 暗灰色の杖が一閃すると、まるで刃が付いていたかのようで、オーギュストの片耳が切り落とされていた。


「……もう片方も『そろえて』やろうか?」

「やめで……やめてくれぇぇっ! 話す! 全部話すがらぁっ! うぐっ……ひぐっ……」


 あっけないほどのこらえ性のなさだった。簡単な止血を施してやると、少し気力が回復したのか。オーギュストはおもねるような上目づかいで


「あの……そういう仕事の記録は……奥の隠し書斎にあるんだが……。そこの方が、色々と思い出しやすいし……」

「よし、移動しよう」


 ……アノニムにも油断はあったかも知れない。何か仕込んでいるな? とは思いつつも、大抵の罠も伏兵も切り抜けられる、その自信は確かにあった。

 居間の一角、ワインを収めた棚をスライドさせると、観音開きの隠し扉が現れる。オーギュストは扉に手をかざし、やや大きめな声で唱えた。


「ウロボロス」


 途端に扉が弾けて、奴隷商の肥満体を左右にすり抜けながら二つの影がアノニムに襲いかかった。……後から考えれば、錠開けの呪言ではなく、侵入者排除のための「合い言葉」だったのだろう。

 だらしない話だが完全に虚を突かれた。言い訳をするなら、それだけ伏せていた者の穏形が完璧だったのだ。二人から繰り出される二丁ナイフの斬撃。歩を退いて距離を稼ぎ、目まぐるしく杖の両端を巡らせ、四重奏の連撃を捌きいなす。


(子供!?)


 よく見ると二人の番兵は、意外なほど幼く見えた。十をいくつも出ていないような。よく似た顔立ちで、兄弟か、あるいは双子か。

 アノニムの胸に『ゆらぎ』が生じる。自ら覚悟して用心棒の道を選んだとは思えない少年たち。殺さず捕らえられないものか。

 身体強化魔法のギアをさらに一段引き上げた。後から来る『副作用』は厭わしいが、もう少年らとは「見えている世界が違う」レベルである。

 下がり続けていた歩を切り返し、鋭く踏み込む。一瞬の間合いのズレに、二人の連携にわずかな亀裂が入った。片方の足をローキックで止め、もう片方のみぞおちに至近の膝蹴りをたたき込んだ。


「ゲホッ……!」

「セティ!」


 意識を刈るのに十分な一撃と思ったのだが、少年は胃液を吐きながらアノニムの蹴り足を抱え込んできた。そのまま、急激に彼の体内魔力が膨れあがっていく。


「!!」


 とっさに自爆攻撃を連想し、アノニムは己の身を優先した。少年の肩を砕いて足を引き抜き、大きく飛び退って距離を開ける。

 少年の背に稼働する魔方陣が浮かんだ。そのまま『闇』の魔力が渦を巻き、生命力を吹き消していく。


「あ……がっ……ぎっ……ごぼぁっ!」


 少年は、ミイラのように干からびていった。脱出が遅れればアノニムも同じ姿になっていた可能性が大きい。

 それは『呪縛魔方陣』と呼ばれる、本人の意思を無視して仕込まれる定量出力タイプの刻印魔法だった。発動体とされる人間の生存必要魔力を考慮せず、吸い尽くして稼働する。言い替えれば自爆装置である。当然、普通の人間が刻むようなものではなく、狂信の徒、あるいはまだ判断力の未熟な子供の奴隷などの例がある……

 「奴隷商」「子供」その条件がそろっていて、何でこの可能性に気づけなかったのか。おまけに「殺さず捕らえられないか」などと……! 自分自身の甘さに怒りを感じながら、残る一人と向き合ったのだが


「あおぉっ! ぎいぃぃぃ!」


突然、少年はのど首をかきむしって苦しみだした。見れば首筋に、奴隷に刻まれる隷属紋が浮かび上がっている。これは……奴隷が何らかの禁忌に触れた際の断罪罰反応のはず?!


「おいっ! しっかりしろ! おいっ!」

「あ……が……セティ……」


 思わず駆け寄って肩を揺さぶったが、どうしようもない。名も知れぬ少年が、死んでいくのを見守るしかなかった。回復魔法は中位程度までなら修めているが、隷属紋を止めなければ助けられないのは明白だったから。

 それなりに手広く技能を身につけてきたアノニム――トモヤだが、奴隷使役術は、こちらの世界では経済システムに組み込まれている『専門技能』である。門外漢がおいそれと習得できるものではない。

 ふと視線を向けると、隠し扉からこちらを覗いているオーギュストと目が合った。戦いの結果を見守っていたらしい。とっとと逃げれば良いものを……

 あわてて振り返りバタバタと逃げ出したが、あっさり追いつき、捕らえた。


「ぜぇ……ぜぇ……す、すいません! ワザとじゃないんです! ただ……アレらをここに置いてたのを、ちょっと忘れてただけで……」


 ……もう、この、見苦しいだけで『悪』をなす覚悟もない男と話をしたくなかったが、


「一つだけ教えてくれる? あの二人、後の方は何で奴隷紋が断罪反応起こしたわけ?」

「あ、あれは……逃亡防止の禁忌です。あの二人、双子でして、二人そろってて商品価値があったんで」

「……で?」

「片方が逃げるか何かして、近くに奴隷紋の反応がなくなると、残った紋章側で断罪が起こるわけでして……それで逃亡を防いでました。は、ははは」

「そう……『釣り出し』まで寝ててね」

「おぐっ」


 意識を刈り取り眠らせる。魔法ではなく物理手段で行ったのは、ささやかな憂さ晴らしである。「まだ」殺すわけには行かない。

 ……確かに双子の兄弟とは言え、片方だけ逃げない保証はないだろうが……


(それで片方が死んだら、もう片方もゲームセットって条件つけるか……?)


 合理主義をきどった胸くそ悪い物の考え方に、やり切れない憤懣を覚える。

 隠し書斎の記録を調べるうちに、憤懣は領主の伯爵を含めた吐き気に近い怒りへと変わっていった。伯爵はオーギュストが集めた違法奴隷の中から好みの『獣人』を選び出してはもてあそび、影で廃棄する非道を繰り返していたのだ。

 これはちょっと罰金刑で済むレベルじゃない。もう手荒で悪趣味な〝掃除〟でいいだろうと方針を固めた。


 ◇

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