第4話 狩る者、狩られる者
商売装束から地味な旅装に着替え、一際目立つ大きさの背負子を背負って街道を行く。日も暮れかけた頃、うら寂しい林道にさしかかった。と、背後から長く延びた口笛が聞こえた。思わずアノニムは足を止める。行く手の木陰から、人相の悪い男が四~五人現れた。道をふさぐようにして近づいてくる。背後を振り返ると、そちらにも同じほどの人数が。
正面側の一人が声をかけてきた。
「よう、兄ちゃん、一人旅とは不用心だぜ。取りあえず、持ってるモン、全部置いてってもらおうか」
淡々とした、どちらかと言えば、シラケきったとでも言うような口調だった。彼ら、追いはぎ連中にしてみれば、実際「シケた獲物」でしかないのだろう。
対するアノニムは……怯えきった態度で、追従笑いを浮かべながら懇願した。
「ははは……有り金全部あげますから、それで勘弁してくれませんかね?」
口元を歪めて、盗賊は言い返す。
「あ? 聞いてねーのか? オレは『持ってるモン全部』って言ったんだ。当然、荷物もテメエ自身もひっくるめて、だ!」
「なまっちろい体してるけど、鉱山に突っ込んで三日くらいは使えるだろ」
「いや、色町にって手もあるぜ? 閣下みたいな好みもあるしよ」
盗賊たちは一斉に下卑た笑い声を上げた。人の売買も日常茶飯事らしい。
――唐突に、旅芸人はその場で片膝をつき、手で顔を覆った。愁嘆場かよと男たちは嘲笑を深め、一歩前に踏み出したのだが、奇妙に冷静な声があがる――
「……済まないね、俺もあんたたちを騙していたんだ。実は二択だったんだよ。金だけ取って許すと言えば、奪われるのは金だけ。命まで喰らおうとするなら……」
立ち上がり顔を上げた時、アノニムは仮面をかぶっていた。丸い目と鋭いクチバシが特徴的な……暗灰色のフクロウの仮面を。
「あんたらも、全て奪われる」
その言葉と同時に、彼の背後の道を固めていた連中が、丸太のように地面に倒れた。一酸化炭素ガスを使った罠にはまったのである。アノニム――トモヤの、元世界知識による創作魔法だった。発効まで時間がかかり風向きにも影響される物なのだが、無色無臭の致死性ガスは備えのない者にとって恐ろしい凶器になる。
「テメエ!」
「何をした!?」
言いつつ抜剣し、斬りかかる盗賊たち。普通の相手なら、遅滞ない反撃と言えたかも知れないが……この世界の制約から外れた者には、無意味だった。どこからか取り出した杖をアノニムが掲げる。と、杖が歪み、空に溶けるようににじみ、ぶれた。重なって響く、鈍い破壊音。まだ双方の間には七~八メートルほどの距離があったのだが、踏み出していた男たちは地に突っ込むように倒れ伏す。全員、首が異様な方向に曲がっていた。
「ち、ちくしょおっ! 化け物かっ!」
男たちのうち、頭目らしい者だけが、危険を察知して初手で逃げにかかっていた。それが、この場の最善手だった。……数秒、捉えられるのが遅れただけだったが。
「あぐっ!」
ひと言うめいて歩を止め、ブルブルと身を痙攣させて握っていた剣を取り落とす。うなじと頭蓋の付け根を、背後からつかみ締められていた。『頭目』はそれだけで、あうあうと呻きもだえ、身動きできないでいる。
「さて、まずはあんた方の隠れ家に案内してもらおうか。そこで人買いの件についても聞かせてもらおう」
アノニムもまた、淡々とした口調で告げた。
◇
粗末な小屋の一室だった。ひげ面で赤ら顔の巨漢――付近の盗賊を束ねている男が、卓に向かって腰掛けながら『はっ』と、目をしばたかせていた。
「……聞いてやした? 親分」
いかにもなゴロツキ面の男が顔をのぞき込んで尋ねてくる。最近、荒事の現場を仕切らせている部下だ。
「あ、ああ……済まん、ちっとボーっとしてたわ、何の話だ?」
「だから、今日の獲物の野郎を、どうさばくか、ですよ。旅芸人みてえで、力仕事には使えなさそうですけどねぇ。売り先は、どちらに?」
「バカかオメェ、何言ってんだ、人買いからは向こうが勝手に〝仕入れ〟にきて、こっちからは何も注文つけられねえだろうが」
部下のセリフにいらだつ親玉。どいつもこいつも物覚えの悪い事だ。
……何だろう。それに加えて、なにか妙な違和感を覚える。大事な事を忘れているような……
「ああ、そーでした、すいやせん。そーなると、次の仕入れはいつ頃でしょうねえ。それまでアレも生かしておかなきゃなりやせんし」
「さあな、今までの例からすると三日後くらいか?」
「三日っすかー……こっちから『一人捕まえてやす』くらいの連絡は入れられないもんですかねえ。どこの『業者』か、予想くらいついてないんすか?」
「! オメエ……滅多な事に首突っ込むんじゃねえよ! アタリなんざ、とうについてる。ここらの領都で店を構えてるブロウニン奴隷商だ。今まで流した連中の数が、お偉いさんの目こぼしなしに捌けるはずがねえだろうが。……要するに、こっちから余計な口を出せば、冗談抜きで首が飛びかねねえんだよ!」
「……そうか。領主までグルか」
その言葉と共に、盗賊の親玉の視界が一変した。
場所は変わらない。自分たちの隠れ家だ。しかし、自分の体は椅子に後ろ手で縛り付けられており、その目の前に置かれているのは
「……い、板芝居?!」
芸人が演じる板芝居の道具。絵が描かれていない無地の板と、それを支える、フクロウの仮面をかぶった男。
「ひっ! て、テメェはっ!」
親玉の脳裏に、直前までの記憶が怒濤のように蘇ってきた。
現場を任せていた頭目が廃人同然で戻ってきた。連行してきたのは、化け物じみたフクロウ仮面。当然抵抗したが、全く歯が立たなかった。拘束されて、人買い商人について尋問された事。「話せば消される」と、拒否した事……
それが……あれ? さっきまで、オレは誰としゃべっていたんだ? なにが……一体、どうなって……?
「ご苦労さん、お休み……」
「おぐっ……」
軽く脳に衝撃を通して、アノニムは盗賊の親玉の困惑を終わらせた。死体を空間収納に収め、窓を開けて空気を入れかえる。
板芝居を使った幻術も、言わば彼の創作魔法だった。ある事件をきっかけに、突然やり方を思いついた奇妙なスキルである。……便利なので、突っ込んで考えた事はなかったが、創作と言うよりギフトに近いモノなのかも知れない。
……まあ、いい。今は目前の事が優先だ。
こちらの世界に拉致召喚されて、もう四年になる。
元世界への帰還の方法を探すのが大目標としても、生きていくための術を確立する必要があった。あれこれ試して思ったのは、冒険者は確かに稼ぎやすいが、擬装に気を使うという事。いまだに自分を追っているザルトクス子爵一派の目をかいくぐるには、あまり良い手とはいえない。その点、(ほとんど偶然だったのだが)旅芸人という職は、擬装にはもってこいだった。正直、実入りはイマイチなのだが、自分自身をエサに盗賊を釣ると、あっけないほど金が稼げる。さらに加えて、何度か『釣り』を繰り返して知った事は、盗賊連中の背後には『有力者』が潜んでいる場合が多くある、という事。実際、何度か有力貴族の違法行為を掘り返し、告発まがいのマネをしたこともあった。この世界に『公正』な裁きなどないという、苦い思いを味わうだけだったが。
窓から外を見上げ、思いを巡らせる。さて、この件、どの程度まで〝掃除〟するべきだろう?
人の命の軽い「こちら側」の風潮にずいぶん染まって来たとはいえ、現代日本の倫理観に育まれた身である。悪を憎み公正を実現すべきという心は、未だ確かに持ち続けている。しかし、身分制に守られ腐敗しきった貴族社会を、際限なく断罪し続ける事など出来はしない。そんな事は……到底自分の手には負えないし、第一自分の望みは元の日本に戻って平和に暮らす、それだけである。
(『世直し』は、ほどほどに、か……)
この世の司法に期待できないなら、俺がテキトーなラインで裁く。主に、罰金刑で。
フクロウ仮面は、空を見上げながら片頬を歪めシニカルな笑みを浮かべた。
◇
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