綱渡り専門家

どうも、私はおそらく世界に一人しかいないであろう、綱渡りの専門家である。私はいかにして美しく、またエンタメ性のある綱渡りができるかということを日々研究し、それをまとめて論文にしたりしている。

 なかなか理解してもらえないが、綱渡りというのはもはや一つの学問である。それほどまでに奥が深く、また、皆さんにとっては理解し難いかも知れないが、かなりロジックが必要とされるのである。

 この学問は心理学と物理学をツールとして使い、そこから新しい発見をしたり、またそれぞれの理論をより高度なものにしている。私が最近取り組んでいる実験はこのようなものだ。綱渡りをするときの高度と心拍数の関係。私は体を張ってその記録を取り、(数字の記入は助手に任せている)後でデータ解析ソフトを使ってその中に隠された神秘を見つけ出す。

 とはいっても、私はたいして繁盛した科学者ではない。大学も出てないから研究者としての信頼はないし、私の書いた論文だって、一度も査読を通過したことはない。でも、それでいいのだ。実をいうと、私は業界での野心や、金銭などというものに、鼻から興味など持っていない。全ての源泉は私の好奇心なのだ。勿論それだけで飯は食っていけないから、副業として(大半の人はこれを本職だと勘違いしている)、株や為替の取引などもやっている。皮肉なことに、こちらの方がうまくいってたりする。これで生計を立てるのは勿論リスクもあるが、自分は独り身だし、それにまともな職についても、ただただ自分の無能をさらすだけだ。まともな社会人としての能力が私には欠けているのだ。

 だから、私は今の自分の、研究者としての生活に満足しているし、誇りにも思っている。これ以上の幸せはおそらくないだろう。

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