第18話 橘ヒロヤ、少し安心した

 フォービクティムのボスは、亘氏と取引をしていた、フォリアだったのである。


 フォリア・ドミニク。ワ―レブルアの外交官。桜井亘氏をワーレブルア国に招き、共同でディザイアモンドを発掘した。その目的は、選択的経済撤退制を目指すワーレブルアが、交換可能な物品を得るためだった。つまり、資本主義国家との貿易時に、ディザイアモンドを一種の通貨替わりにしたかったのである。


「それでも、資本主義にしなかったのには、色々あってね」


 ボスの待機棟は隊員達の基地よりもしっかりとした建物で、コンロがある。昼食の入った鍋の蓋を、炊けるまで一時間かかるというのに、妃奈子は十五分ごとに開けて見る。フォリアがそれを見て微笑ましそうに笑う。


「この国は、こう見えて資源が豊富でね。ここらは森だからあれだけど、都市部に行けば、日本の小さい地方都市くらいには発展している。びっくりだろ?」


 二人は素直に頷く。フォリアはヒロヤのために日本語で話してくれる。フォリアは楽しそうに笑う。


「資源を一度金銭に買えて販売するというプロセスを経るより、そのまま交換する方が効率的になってしまうのさ。貨幣経済だと、他国の経済に左右される。左右されるより、常に物がしっかりとある方がいい。後は、物々交換コミュニティの方が、富の一極集中が防げる。二百年前の社会主義ともまた違って、努力してもしなくても配給は同じ、なんてこともないから人々のやる気も削がない。ま、問題も多いけどな。豊かさの基準を上げないように、緩いとはいえ情報規制しているし」


 フォリアに頷きながらも、妃奈子が鍋から一瞬たりとも目を離さない。ヒロヤも本当は食べ物のことだけを考えたいが、我慢しているのだ。


「妃奈子さん」


とフォリアが言う。

 慌てて鍋から顔をあげる妃奈子を笑うのを、ヒロヤは必死でこらえた。


「君のお父さんの亘社長は、素晴らしかった。大半の資本主義の人間と違い、亘氏は我々を見下さず、資本主義に戻るよう説得することもせず、笑顔を見せた。そして、我々からディザイアモンドを受け取る際、『あげる物がないので、今から作るのはいかがでしょうか』と、大学を建ててくれた。そのおかげで、ワーレブルアの教育水準は、世界の平均を超えました」


 驚く妃奈子は嬉しそうで、鍋を見ず、フォリアをしっかりと見ている。ヒロヤは邪魔しないように、ひっそりとできあがった鍋を開けた。


「ヒロヤさん! できたんですか!」


 いつもの倍速で反応した妃奈子に面食らいつつ、ヒロヤは鍋を器によそった。

 二百年前ほどにフランスの影響を受けただけあり、ラタトゥイユ風の鍋だ。トマトの味をベースに、ワーレブルアの野菜がごろごろ入っている。

 ワ―レブルア米は日本の米と違い、香ばしい。これはこれでおいしい。

 ベースはラタトゥイユだが、薬草やスパイスが加えられていて、辛みもある。


 妃奈子がにこにこして食べている。その顔があまりにも幸せそうで、ヒロヤとフォリアは顔を見合わせて笑う。


 皿を洗いながら――といっても水ではなく殺菌効果のある薬草で拭くという洗い方だが――ヒロヤはフォリアをじっと見る。スーツを着ているが、中に銃とナイフを仕込んでいる。


「分かるのかい?」


 笑うフォリアに、ヒロヤもふっと軽く笑った。


「あの時、手加減してくれましたよね?」

「さすが。よく分かったね」


「あなた達の目的は何です。もし妃奈子さんに危害を加えるつもりなら、あなたのこともどうにかしないといけません」


 自分の服に付いた泥を取っている妃奈子の、不安そうな視線を感じた。


「俺たちの目的は、妃奈子さんの保護さ」


「私を助けて、何の得があるのですか。ご迷惑にしかなれないと思います……」


 自分の擦り傷を見ながら、妃奈子は悲しそうに俯く。


「何の得になるのかって言う時点で資本主義に毒されている気もするが、まあ仕方ないね。理由は、人道的なものと政治的なものの二つ。一つは、単純に、助けて頂いた亘氏のお嬢様を助けたい、という一種のお節介」


 妃奈子は手をぎゅっと握る。


「どちらが本命かは難しい所だが。二つ目は、戦争をさせないため。だって、戦争は経済力が大きな武器だろ? 資本主義国家は持っている金で兵器を作れるが、うちら経済撤退国家は、兵器を作れないからね」


「私のことはいいのです。ですが」


 妃奈子がフォリアに歩み寄る。


「戦争を起こしたくない、というのには賛成です。ね、ヒロヤさん」


 ヒロヤは頷く。妃奈子はヒロヤにほっとした笑みを浮かべる。そして、フォリアに向かい合う。


「ですが何故、あなた方は椎名ロックと繋がっているのですか」


 フォービクティム内のことを妃奈子が知っていることに驚くかと思いきや、フォリアは笑った。


「よく気が付いたね」


 フォリアの笑みは、明るい。


「私はこの国の外交官として、外国にちょっかいを出すフォービクティムの監視を仰せつかっている。しかし、私は彼らのことを見張っているが把握できていない、という体で上に色々と内緒にしてやっていて、支援もしている。何故なら、この私が、フォービクティムを有用だとみなしているからね」


「それで、ボスまで」


「ああ」


 ヒロヤがじっとフォリアを見ているのを、不安そうに妃奈子が見る。


「軍人あがりですか?」

「そこまでお見通しかい」


 フォリアは戸棚から、ヒロヤに包みを差し出した。銃弾だ。


「これは旧ワーレブルア軍の弾丸だ」


 ヒロヤは、持っている銃を全て出して見せた。見た目はオートマチックの拳銃だが、弾丸の火力なしで銃弾を飛ばせるアイキドウ銃。もう一丁は、ごく普通の銃弾を込めるオートマチックの銃。


「ライフルはないのかい?」

「両手を塞ぐわけにはいきません。俺は体術も使いますから、動き回れなければいけないんです」


 フォリアが急にヒロヤを殴ろうとして、妃奈子は短く悲鳴をあげたが、ヒロヤはばしっと弾いた。体格と力では敵わないが、フォリアの手首の辺りをピンポイントで弾くことで、防いだのである。


「さすがだね。戦力になる」

「妃奈子さんの前で、やめてください」


 ヒロヤは呆れたようにフォリアを睨むが、フォリアは楽しそうだ。


「で、椎名ロックだが、あの三人がおかしいことは、皆気がついている」


 妃奈子がぐっとフォリアに近づくのが、ヒロヤには面白くない。ヒロヤを試すような、面白がるような人だからだ。


「話しが遡るが……」


 ハイパワーストーン社に化学部門は無かった。椎名ロックの化学部門のシンクタンクでディザイアモンドを研究した結果、この宝玉が新兵器開発の研究を大きく前進させることを発見した。


 椎名福助は、世界平和のためにこの石を門外不出とすると公表。さらに、椎名ロック自身も研究を放棄すると発表した。そして、産まれたばかりだった孫娘の妃奈子にディザイアモンドを括りつけた。


「でも、実際は妃奈子さんに結びつけることで、椎名ロックが研究を放棄していることを世界にアピールするためだったのでは」


「それに、椎名お爺様は、私のことなど愛しておられませんから」


 フォリアが目を丸くする。


「母はお爺様によくいびられていましたから。お前はできそこないだと。父や私の前でも、です。椎名お爺様は、私と母を同一視していると思われます。名を間違えて呼ばれたことは何回もあります」


「酷いですね」


 ヒロヤは気が重くなった。妃奈子は辛い思いをしてきたのだ。どう頑張ってもヒロヤが守ってやれない傷だ。


「私は大丈夫です。それより、椎名ロックの三名が何をしているか、あなた方は把握しておられるのですか」


「恐らく、マウントディザイアの調査だろう。もちろん、それだけではわざわざ我々の隊に加入するのは不自然だが……」


「もしかして、フォービクティムを内部から分裂させたいのでは」


 ヒロヤの言葉に、フォリアは微笑む。


「さすがだね。その可能性も十分に考慮せねばならない。あの三人……絶対仮名だろうが、ブランシュ、エルブ、グランは、フォービクティムに多大な活動資金を持ち込んだ。金の運用という対立の種は増やされたね。俺とセボーラ率いる六人は、彼らを監視するよう注意している」


 三人が日本語で話している間、ずっと本を読んで待っていたセボーラは、フォリアにワ―レブルア語で声をかけられると手をあげて頷いた。


 褐色で、綺麗なアイシャドウを塗った女性だ。


「戦争は、反対。それが恩人の娘の助けるにつながるなら、なおさら動く」


 わざわざ日本語で言ってくれたセボーラに、妃奈子が笑顔で頭を下げる。

 ヒロヤも、彼女は嘘を言っていないように見えた。訓練校で、人の表情の見方も教わっている。


 だが、ヒロヤはあえてこの場で言わないが、三人がうまく隠れて七人を仲間割れさせる可能性も捨てきれない。フォリアとセボーラの二人に限ってはあり得ないと言えるが、人には色々ある。


「フォリアさん、三人を調べましょう。妃奈子さんには寝る時とトイレ以外は俺がつきます」


「それなら」


 セボーラが手を挙げた。


「寝る時とトイレはあたしが」

 ヒロヤも妃奈子も頷いた。


 その夜は、セボーラとフォリア、ヒロヤと妃奈子の四人でボス棟で寝た。

 セボーラは妃奈子にたくさん話しかける。おかずを多めに与えてくれたりと、優しい。


「隊員に女の人、あたしだけ。女の子来て、嬉しい」


 照れたように笑うセボーラなら、信頼できるとヒロヤは少し安心できた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る