第14話 橘ヒロヤ、知る
有川に呼び出された。
「ワーレブルア人で日本語を話すフォリア氏と、フォービクティムのボスの発音を照らし合わせると、フォービクティムのボスはワーレブルア人だな」
やはり、そうだったのだ。
「これは俺の仮説ですが」
有川は興味深そうに笑みを浮かべた。
「ワ―レブルアの宝玉だったディザイアモンドを、祖国に戻したいのでは。フォービクティムの言う妃奈子さんの保護は、石と妃奈子さんを切り離せないので、仕方なく妃奈子さんごとワ―レブルアに連れ去りたいのでは」
「彼らにメリットはあるか?」
ヒロヤは考える。
「仮説は三つ。一つ目は、ディザイアモンドに何か……宗教的とか、政治的とかの意味があるので、人間ごとでもいいから取り戻したい。二つ目は、祖国の資源で椎名氏が莫大な利益を得るのを防ぎたい。そして三つ目、これが本命ですが」
ヒロヤは手をぎゅっと握る。
「椎名氏がディザイアモンドを用いて兵器を開発して、世界を抑圧するのを防ぎたいから、石を椎名氏から離したい。これではないでしょうか」
「つまり、フォービクティムは正義の集団のつもり、ってことか?」
「テロに正義はありませんが、まだましと言えるかもしれませんね」
「まだまし?」
途端に有川が渋い顔になり、ヒロヤは慌てた。
「妃奈子お嬢様に害がないからまだまし、というのなら、お前は妃奈子お嬢様に肩入れしすぎているぞ」
またその話かと、ヒロヤはうんざりした。
「そんなことはありません」
「どうかな」
有川は気に入らない様子だが、それ以上は何も言わずにヒロヤを帰した。
♦
後日、最高位護衛者協会の雪野から連絡が来た。なかなか込み入った結果が出たので、協会に来いと彼女は言った。
「ありがとうございます、雪野さん」
「あんたはどこまで気がついていた?」
眼鏡越しにヒロヤを見据える雪野に、ヒロヤは何を言われているのか分からない。
雪野は、ビニール袋に入った何かの服の繊維を鞄から取り、ヒロヤに見せた。
布切れが、二種類。
フォービクティムの人間たちの装備が簡素だったことを思い出す。
「非戦闘員のうち、三人だけが違う装備を着ていた。肉眼では判別困難だが、繊維が違う。
そいつ以外はドイツの『メートフェン社』の簡易防護服。うちらも使ってるあのメートフェン社。で、一人だけが」
雪野はヒロヤに顔を近づけ、小声になる。
「椎名ロック軍事部門、椎名ウェポン社の『ダイヤ繊維防護服』」
「椎名ロック!」
「しっ!」
雪野がヒロヤを強引に押さえた。
ヒロヤは考え込んだ。
普通に考えたら、妃奈子を狙う団体に忍び込むスパイか?
フォービクティムが妃奈子を殺さないように見張っているのだろうか。
だけどフォービクティムは妃奈子に手出ししないと言っていたではないか。
「雪野さん」
「あまり言うなよ」
雪野の顔が、訓練校生だった時のヒロヤに見せていた頃のおもかげがない。怖い顔だ。
「ヒロヤの任務は妃奈子お嬢様を守ることだ。それ以上のことは求められていないよ。誰にも言うな。妃奈子お嬢様にも」
ヒロヤは敵と対峙した時よりも、不快感を感じた。
♦
協会のエントランスで紅茶を飲みながら待っていた妃奈子に、ヒロヤは笑顔を向けることができなかった。
妃奈子の心配そうな顔に、ヒロヤは申し訳なさを感じた。
♦
「妃奈子さま、ヒロヤさん」
邸宅に帰った二人に、メイド長の平山が頭を下げる。
「亘様が、地下室で待っておられます」
妃奈子に連れられ、ヒロヤは初めて行く地下室におりた。
たくさんの原石が置かれている。それぞれに産地と日付、グレードを記したカードがある。それに加え、現地の採掘作業に関わった人々と亘氏の写真がある。どれも笑顔だ。
一枚、亘氏の隣に女性が写っているものがあった。
「母です」
妃奈子は、それだけ言った。
以前、妃奈子は彼女を『椎名氏の愛人の娘』と言っていた。
妃奈子の事実だけを言おうとする声に、隠し切れない悲痛さがあったことを、ヒロヤは思い出す。
亘氏は、奥の部屋で待っていた。邸宅の他と違い、簡素な木の椅子とテーブルだ。
「お前たちに、秘密を話す」
亘氏の言葉に、ヒロヤは椎名ロックとフォービクティムのことを思い出す。雪野に言うなと言われているので、ヒロヤからは言えない。
「お父様、私に話してもよろしいのですか?」
妃奈子のこの質問が、最大の当事者ながら長いこと何の情報も与えられなかった狂いを浮き彫りにする。
「何言ってるんだよ」
亘氏は椎名ロックの言いなりだ。妃奈子の護衛を亘氏ではなく、椎名ロックが依頼したことからもそれが読み取れる。
椎名ロックから亘氏の邸宅の図面も与えられていた。亘氏は椎名ロックに全て把握されているということだ。
しかし、この地下室は、記載されていなかった。亘氏の抵抗の証だ。
「ヒロヤくん、いいかな?」
ヒロヤは襟の裏の護衛者用の探知機を見た。盗聴器、カメラ、レーダー、全てがない。
「大丈夫です」
「こないだフォリア氏から、椎名ロックに言ってはいけないことを聞いた。ワ―レブルア国で、新たなディザイアモンド鉱山が発見された」
息をのんで両手で口を押える妃奈子を視界にいれながら、ヒロヤは亘氏を見る。嘘はない。
「経済撤退国は、戦争を好まない。だから、軍事利用されないように椎名ロックに内密にしてくれと」
「何故、それをお父様にお伝えしたのでしょうか。お父様は誠実でも、お父様はお爺様の」
「妃奈子」
亘氏が、妃奈子をじっと見た。妃奈子は不安そうに見つめ返す。
「フォリア氏は、椎名ロックに新たな鉱山がばれるのは、時間の問題だと言っている」
フォービクティムの中に椎名ロック関係者がいたことは、まさか、鉱山のことを探るためなのか。
「フォリア氏は、俺に嘘をついてくれと頼んだんだよ」
光が差すみたいに、妃奈子の顔が明るくなる。
「お父様を、信頼できる人であると分かって下さる方がいたのですね」
妃奈子の頭をぽんっと叩いてから、亘氏はヒロヤを見た。ヒロヤは背筋を正す。
「ヒロヤ君、妃奈子を頼むよ」
「はい、必ず」
「俺はね、妃奈子さえ生きていてくれるなら、どこへ行ったっていいんだ」
真意の分からない亘氏の呟きだ。
「でもね、ヒロヤくんも生きてくれよ。妃奈子を愛する俺がいるように、君を愛する人がいるよ」
ヒロヤは、涙が零れないように目を閉じた。
そんなことを言われたのは何年ぶりだろうか。
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