第13話 橘ヒロヤ、複雑に思う

 ヒロヤは、久しぶりに最高位護衛者協会の本部に来ていた。


 訓練生だった頃はちょくちょく来ていたが、妃奈子の護衛者になってから四か月間来ていなかった。


 有川や雪野など、先輩を探す。だが、外出しているとのこと。


「分かりました、ではもう少し後に……」


「頑張ってますね、ヒロヤさん!」


 受付の女子はヒロヤの後輩だ。戦闘員よりも諜報員としての勉強をしている。ヒロヤよりも歳上だが、護衛協会は一日でも先に入学した方が先輩だ。最も、ヒロヤは最年少なので、後輩は全員歳上だ。


「ヒロヤさんが大々的に報道されたでしょう? それから、訓練校の入学試験を受ける人が増えたんですよ」


 まあ、大半が落ちますけどねと笑う後輩に、ヒロヤは少し複雑な気分になった。


 ヒロヤはこの仕事に誇りを持っているが、いい仕事なのかどうかは分からない。きっと一般的に考えれば辛い仕事だ。その仕事を志す人を自分が増やしているのかと思うと、重圧を感じた。


 ふと訓練校の方へ足をのばすと、受付の後輩の言う通り、訓練生に取り囲まれた。


「ヒロヤさんだ!」


「握手してください!」


ヒロヤはびっくりした。


「いいの?」


 皆が驚き、ヒロヤに注目する。


「覚悟はあるの?」


 思った以上に自分の声が怖いことに、ヒロヤ自身が驚いた。


「ヒロヤさんみたいになりたくて」


 自分より歳上の訓練生がそう言った。それに皆が頷く。


 ヒロヤは俯きながら、受付のエントランスに戻った。


 すると、先輩の雪野がいる。スーツを着ているが豊満な胸だと分かる。


 頭を下げると、彼女は眼鏡の奥の目を丸くした。


「ヒロヤじゃん。何しに来たの」


 ヒロヤは鞄から端末を出し、画像を映した。この前の椎名ロックと三船貴金属共同主催パーティの時の、フォービクティムを撮影した画像だ。


「話は聞いてる。よく撮れたね」


ヒロヤは髪飾りにカメラを付けていた。


「調べていただけますか」


 彼女、雪野沙李は、護衛者協会にかなり前からいるベテランの護衛者だ。


 最も、若い頃は前線に出ていたが、今は戦闘をする機会は少ない。

 しかしそれでも雪野が引退しないのは、情報を扱う能力に長けているからだ。


 機械より雪野の方が、人間の頭なので融通が利き経験による勘も使える。


「ヒロヤ、妃奈子ちゃんに肩入れしてるんだって?」


「有川さんが言ったんですか」


 有川はヒロヤに直接指導をした教官だ。そのせいかヒロヤに厳しく、余計な口出しもする。


「いや、皆そう思ってる」


 ヒロヤはむかっとした。


「依頼者が悪い人でさえなければ、いいでしょう」


 雪野はふっと笑った。


「まあ、有川のことは気にすんな」


「でも、用事があるんです」


 雪野が、『そっかー仕方ないなー』と呟くと同時に、ドアが開いて有川が現れた。


「有川、あんまりいじめてやるなよ」


 雪野がデータを持って、仕事場に戻った。


 有川がヒロヤを見て笑った。


「自分がヒーローになってることは、知ったか?」


「どうせ、一過性のものです」


「それでも、ヒーローはいた方がいいさ」


有川は少し寂しそうに笑うだけだ。



 二人は受付から出て、奥の仕事部屋へ行った。水色の壁で灰色の床の、落ち着きすぎて少し寒々しい部屋なので、ヒロヤはあまり好きではない。


 ワ―レブルアのフォリア氏の音声を録音した音源を有川に渡す。


「よろしくお願いします」


「ああ。引き受けたよ」



「ヒロヤさん、もう終わったんですか?」


 妃奈子を護衛協会のエントランスのソファに待たせていた。


 上目遣いにヒロヤを見る妃奈子に、ヒロヤは控えめだが笑顔になる。


「大丈夫です。さ、帰りましょう」


 護衛協会のエントランスより奥に部外者が入れないため、妃奈子を待たせていた。四時間もだ。


「お待たせしてすみません」


「いつもヒロヤさんにご迷惑をかけていますから、このくらい」


 にこにこと妃奈子が言う。


 妃奈子は優しい人だとヒロヤは思った。

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