第10話 最高位護衛者とヒロヤの出会い



 それは雨の日だった。

 最高位護衛者養成訓練校に、履歴書を持って子供が訪ねてきた。


 護衛者であると同時に、協会の運営に携わっている有川は、子供を追い返せと受付の者に指示を出した。


 しかし、既に散々帰れと言っているが、子供は帰らないという。


 雨の中、護衛者協会の玄関の前で、ずぶ濡れのまま五時間も立っているという。


 仕方なく、有川自ら出ていった。


「ここは子供の来る場所じゃない」


「俺と一回、勝負してください」


 子供らしい無謀さに笑った。


 有川にはその子供、橘ヒロヤが普通の子供より強いことくらい分かった。一つや二つではない武道を齧っていることが立ち姿からも分かる。


 その根性に免じて有川が頷くと、ヒロヤは自分の両頬をばちっと叩いた。


 雨で濡れる協会前のコンクリートの上で始めることにした。わざわざ正式な場所などいらないと有川は思ったのだ。ヒロヤも意を唱えなかった。


 ヒロヤの構えを見て、橘武文の教え子であることは分かった。


 何故戦いを好まない武文がヒロヤを送り出したのか。有川には分からなかった。


 ヒロヤの蹴りにも突きにも、小学校を卒業したばかりの子供とは思えない凄みがあった。全てを防ぎつつ、有川はこの子供には素質があると思い始めていた。


 だが、戦いのセンスがあるからといって、護衛者になれるわけではない。一旦戦いをやめさせた。ヒロヤは油断することなく有川を見据える。


「君の強さは分かった。伸びしろもある。だが、何故君は護衛者になりたいのか」


「それは、俺を守るためです。だって……」


 その理由は、護衛者になりたい理由としては、悲しいものだった。


 有川はため息混じりにヒロヤの養成訓練校入校を許した。



 有川は、護衛者と契約したいという、椎名ロック社長の椎名福助と面会した。


『妃奈子様にリングが付けられているため、それを狙う組織から守る、ということですね』


 それは最高難易度の任務だ。


 さて、誰を付けるか。


 妃奈子にいつも付いていなければならないので、女性が望ましい。


 だが、女性の中で一番経験のある雪野は、最近前線に立って戦っていない。女性の護衛者は依頼者に気を使ったり、情報を守るのに長けている者が多いが、戦闘に長けている者は多くない。


 男性が付くのが仕方ないとなれば、強さを重視するしかない。


 仕方ない。


『椎名様、私自らが』


『いや、私が依頼したい人間は決まっている。橘ヒロヤだ』


有川は眉をひそめたくなるのを堪えた。


 まだ一回も経験が無い者を、何故わざわざ起用したがるのか。


『承知致しました。では記者会見の後に連れてまいります』


まさか、話題づくりかと有川は疑う。


 記者会見にうんざりして、ようやく終わったと息をついているヒロヤは、確かに大人にはなった。


 ヒロヤが有川に頭を下げる。


『お前に任務がある。依頼者と相談を重ね、受託するかどうか決めろ』


有川としては、暗に断ってもいいと伝えたかった。


『受けます』


 しかし、ヒロヤは既に決めていた。


 あの雨の日を思い出し、有川はため息をついた。

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