第9話 橘ヒロヤ、カロリーを気にする
振り向くと、呆れて笑う有川がいる。ヒロヤは周りから見て不自然でない程度に、頭を軽く下げる。
「相変わらず護衛者に向いていない」
心外なことを言われるが、有川にこういうことを言われるのには、慣れている。
「どうせ、妃奈子嬢に肩入れをしているんだろ」
ヒロヤはそっぽを向く。
「問題ありますか」
否定しないんだな、という思いが有川の含み笑いに如実に表れている。
有川は、二十年前に最高位護衛者の資格を初めて取得した者だ。現在四十歳でありながら現役だ。
さらに、後続の育成にも力を入れ、護衛者協会の運営にも携わっている。育成校に入ったヒロヤに、最もよく教えたのは有川だ。
「俺は一条ジュエリーの美月嬢だ。お前と違って楽だよ」
熟練の有川は、命までは狙われない令嬢。
最初の任務となるヒロヤが、最も危険なリング付きの令嬢。
「……妙だと思うのは、俺だけではないですよね?」
「駄目だ」
有川の目に、ヒロヤは委縮する。
依頼者のことをあれこれ勘繰るのはよくない。
「すみません」
「まあ、お前の実力は確かなものだ。お前は盾だ。いいな」
ヒロヤは俯き加減で頷く。盾。余計なことを考える必要はないということ。
「それよりも」
有川が、ヒロヤの左手に握られていたケーキ皿を取り上げた。
ヒロヤはしまった、というように有川を見る。
「お前の公式プロフィールの体重は?」
「七十五キロです」
「今は」
「……七十五、九です。大丈夫です、このくらいすぐに減らします」
「まずはその右手のチーズケーキを離そっか」
このような主要者が集まるパーティに同業者が来ることは、不思議なことではない。ヒロヤは有川が来る前にケーキを全種類制覇すべきだったと、己の不手際を後悔した。
有川と話しながらも、ヒロヤは湊の声に耳を傾けていた。
「妃奈子さん、ちょっと僕と外に来ない?」
急に湊が気になることを言った。
ヒロヤは目を細める。
「気をつけな、ヒロ美」
「ヒロ子です。ヒロ美だとおっさんみたいだから嫌です」
なんだそれ、という顔の有川に頭を下げ、ヒロヤは外へ行った。
♦︎
「有川? あなた、誰とお話してたのよ」
有川が美月の元へ戻ると、美月がサラダを食べている。
ストレートヘアを活かした、シンプルなハーフアップ。この前ブティックで選んだ月のようなライトイエローのドレス。
有川は笑う。
「可愛い女の子と喋っていましたよ」
「ふうん」
美月は皿を置いた。そして、訝し気な顔をする。
「橘ヒロヤがいないって、おかしくない?」
「どうしてそう思われるのです?」
有川は面白そうに眉を上げる。美月は、何言ってるの? という顔をする。
「妃奈子さんを守るのが、あいつの仕事なのに、まさかいないって、いくら湊さんの頼みだからって」
有川は、くすっと笑う。
美月が首を傾げる。
「美月様、ぜひヒロヤと仲良くしてやってください」
「はあ?」
美月は目を見開く。
「こないだ、ヒロヤのおかげで久保田が悪さしなくて助かったと仰っていたでしょう。それに、助けてもらったこともある。二人で仲良くすればいいんですよ」
美月は首を傾げる。
「気になってらっしゃるんでしょう?」
「ば、馬鹿にしないでよ!」
頬を赤くする美月。有川は美月に背を向ける。
「妃奈子嬢と仲良くなるより、第三者と仲良くなれよ、ヒロヤ」
有川は呟いた。
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