第3話 橘ヒロヤ、美月と出会う

 笑顔の妃奈子と対照的に、美月は腕を組んで、妃奈子に対して感じの悪い態度をとる。

 なんだこの人はと、ヒロヤは美月を見る。すると、美月もこちらを見たので、目が合った。


 美月に妃奈子とヒロヤへの敵対心があるみたいだ。彼女自体に戦闘能力はないとヒロヤは判断したが、美月の自信ありげな顔を見ると、何かあるのではと思えてしまう。

 美月がにやりと笑った。


「ごきげんよう、妃奈子さん。貴女、いいボディガードを雇ったそうじゃない」


 まるで俺がモノみたいな言い草だと、ヒロヤは思う。それにボディガードではなく、護衛者だ。少々違う。


「雇ったのは祖父です。彼はヒロヤさんと言います。ヒロヤさん」


妃奈子が手を振り、ヒロヤを呼ぶ。


「ご紹介いたしますね。橘ヒロヤさんです。ヒロヤさん、彼女は一条美月さん」


 妃奈子に促され、ヒロヤは頭を下げる。美月はわざとらしい気に入らないような態度で、妃奈子を睨む。


「一条ジュエリーの令嬢であるということも、このボディガードにご紹介したらどうなの?」


 美月は妃奈子と同業者の令嬢であるようだ。それならライバル心を持つのも頷けると把握できた。把握できて、少し安心した。ヒロヤは美月を観察するように見る。

 綺麗な額を出したロングヘアだ。


 セミロングでふわふわで、少しカールした髪の妃奈子と並んでいると、美月の鋭いほどに艶やかなストレートヘアが際立つ。

 顔も綺麗だ。だが、他者を見下すその笑顔は、彼女の美しさを台無しにさせた。もし柔らかな笑顔を浮かべていたら、それこそ月のように美しかっただろう。


「すみません。ヒロヤさん、美月さんは一条ジュエリーのご令嬢なんですよ。綺麗な宝石がよく似合うの」


 妃奈子は美月に逆らわずに従う。だからヒロヤは黙って頭を下げる。美月は少し面白くなさそうだ。


 妃奈子の笑みに、悔しさも腹立たしさも見えない。ヒロヤは妃奈子のことを、一つ知った気分になった。

 おそらく、成り上がりの令嬢である妃奈子は戦わないことを戦略としているのだろう。


 妃奈子の父であり、ヒロヤの雇い主である亘も、気さくな笑みがよく似合う男性だった。


「ねえ、ボディガード」


美月にいきなり呼ばれた。美月が何故か面白そうな顔をしているので、ヒロヤは少し警戒心を持った。


「美月さん、この方はヒロヤさんですよ」


 戦わない妃奈子が、わざわざ自分を助けようとしてくれた。妃奈子はヒロヤににこりと笑った。ヒロヤは、胸が温かくなるのを感じた。気を引き締めなければ。


 そのような二人を見て、美月はますます顔をしかめる。


「あなた、そんなに強いの?」


 ヒロヤは慎重に言葉を探す。


「強いかどうかはわかりませんが、妃奈子さんを守る任務は全ういたします」


「では、ヒロヤさん」


 美月が制服のポケットからメモを取り出し、ヒロヤに渡す。


「私は妃奈子さんとお茶をしたいの。だから、妃奈子さんを連れて『純喫茶ハチの巣』に来なさい。いいわね? 今日の放課後よ」


 憎たらしいほどの勝ち誇った笑みを浮かべ、美月は去った。


 放課後。

 人がいなくなった教室で、妃奈子が申し訳なさそうにした。


「ヒロヤさん、ごめんなさい。美月さんは悪い人ではないの」


 ヒロヤは目を細める。


「妃奈子さん。俺は他人に何も言いませんよ。それも護衛者の仕事です。俺には好きなことを言っていいんです。それこそ、ぬいぐるみに話しかけるように、でも大丈夫です」


「駄目です!」


 妃奈子がヒロヤの両肩を掴む。その勢いに、ヒロヤは目を大きく開く。


「言葉にすることで、自分の中に強く残ってしまうの。そうなれば、いつ外に出てしまうか分からないのよ」


 妃奈子はヒロヤを叱っている。そのことに気がついて、ヒロヤは内心震えた。何故彼女は自分をこんなに真剣に見てくれるのかと、ヒロヤには不思議に思える。


「ヒロヤさん、私は純喫茶ハチの巣に行きます。だから、ついてきてくださらない?」


 わざわざ聞かなくても自分は妃奈子に逆らわないのに、妃奈子はヒロヤにお願いした。

 ヒロヤは頷いた。


 純喫茶ハチの巣は裏通りにある。ヒロヤは少し心配だった。妃奈子はなんの疑いもないように、いつも通りに歩いている。


 妃奈子の揺るぎない歩みは、美月を疑っていないからなのだろうか。ヒロヤは妃奈子の少し後ろを歩きながら、つきそうになるため息を消す。


 そして、気がつく。


「妃奈子さん、帰りましょう」


振り向く妃奈子は不安そうだ。やはり、本当は妃奈子も美月を疑っていて、でもそれを隠していたのだ。


「この先、います」


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