第2話

 夕暮れ時、私たちの住まう住宅街の道をヒナと二人で歩く。ヒナの家に私が通うようになって、もう9年6ヶ月と28日も経てば、この道がどこへ続くのかなんて考えなくても足は動く。


 ヒナには今、両親が家にいない。


 ヒナの両親は不仲で離婚し、ヒナを引き取った父親の方も外に恋人ができたらしく、家に帰るのは月に何度かと言った頻度。その間、ヒナはひとりで住むには広い一軒家で暮らしている。


 ヒナに寂しい生活を送らせるなんて、⬛︎⬛︎に⬛︎⬛︎を⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎でも足りないくらいだと思うけど、ヒナをこの世に生み出したという功績から、私は見逃してあげている。


 見逃す代わりにヒナをじっと見つめていると、ヒナは私の方をちら、ちらと何度か目をやっては、何も言わずに恥ずかしそうに顔を俯ける。


 ヒナは今日も控えめで可愛い、なんて思ってたら、可愛い口をおずおずと開いた。




「せ、せなねぇ。明日から連休だねっ」


「うん? そうだね、大学も今年は行かなくて良いし、ちょっと気楽」


「わたしも当然学校はないので、自由な時間が増えるんだっ。受験勉強はするつもりだけど」


「お、自分から勉強だなんて、頑張り屋さんだね」




 ヒナのこういう真面目なところは積極的に褒めることにしている。加えて、髪が痛まないよう細心の注意を払い、柔らかく優しく頭を撫でてあげる。


そうするとヒナは『えへへ』とはにかむ。これもいつものやりとり。


 しかし今日のヒナはやはり違う。撫でられてふにゃふにゃと笑って、その後で少しだけ眉をきりっとさせて、私を見つめてきた。




「それで、せなねぇ。約束通りに明日からは予定、あけてくれたかなぁ」


「もちろん。ヒナに言われて聞かなかったことなんか一度もないよね? わざわざ聞く必要がないのはわかってて欲しかったんだけど、もしかして私って信用されてない? だとしたらどうしたらわかってもらえるかな?」


「し、信じてますともっ。えへへ、じゃあ今日おうちに来たら、お願いがあるんだぁ」




 良かった。私が約束を違えるような人間じゃないってわかってくれてたみたい。ヒナと私の仲だもんね。


 しかし……お願い、お願いか。


 ヒナのお願いなら今まで小さなものから大きなものまで叶えてきたけど、ここまで改まって言われるのは初めてかもしれない。


 そうして、また黙ってしまったヒナと手を繋いで少し歩けば、白でまとめられた彼女の家にたどり着く。着いてからはぱたぱたと先を行くヒナの後をついて、玄関へ。


 今日の晩ご飯は何にしよう。この時間からだとあんまり手の込んだものは作れないから……ヒナの好きなミートソースパスタをメインにしようかな。それから、付け合わせは……。




「せ、せなねぇ」


「あ、ただいまヒナ。おかえりヒナ」


「あっ、おかえり、ただいまです、せなねぇ。……えへへ……いえ、そうじゃなくてっ」




 私が立ったまま靴を脱ぎつつ、夕食の献立を考えていると、ヒナは何かを覚悟したように眉をきりりっとさせて、私に向かって手を広げた。


 これは、なんだろう。


 とりあえずわからないけど、ハグしてみた。




「あの、ちがくて、少ししゃがんでもらって良い?」




 違ったみたいなので言われた通り、ヒナを見上げる態勢をとって、玄関先の廊下でしゃがみ込む。


 そうするとヒナが私の首元へ手を回してきた。


 そっか、良かった。ハグが違うなんて言われてしまって、私の存在価値を疑っていたところだったんだけど、ひなからハグをしてくれるってことなら問題はない。私はヒナからのハグを待つことにしよう。




「……ん、これでよしっ」




 と、思っていたら、首元に何か冷たいものが巻かれた。平均体温36.6℃のヒナの体温ではない。


 手を触れてみると、ツルッとした手触り。金具のようなものがついている。これは……首輪?




「……せなねぇ。今日からあなたを、『監禁』しますっ」

 

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