ある年のお盆を控えた頃のこと

龍羽

ある年のお盆を控えた頃のこと




 その年の事は 今でも心残りになっている。




 ある年のお盆を控えた頃のことだ。

 こんな夢を見た。



    * * *



 当時北海道の片田舎に住んでいた自分が2階の自室にいると、階下からキャンキャンと甲高い犬の鳴き声が響いてきた。


 その鳴き声には聞き覚えがあった。

 当時、母方の祖父母が飼っていたメスの小型犬ポメラニアンの鳴き声だ。

 もう十歳はとうに過ぎたおばあちゃん犬。

 遊びに行くと玄関ドアの向こうから元気よく響いていた鳴き声。

 扉を開けるとちょろちょろと走り回り、尻尾をはち切れんばかりに振り回していた姿が今でも簡単に思い浮かぶ。もう10年以上前の事だというのにだ。


 しかし何だか様子がおかしい。

 ずっと吠え続けているようだった。


 どうやら家には自分しかいないようで。

 階段を降りて1階が見える所へ行く。


 当時住んでいた家の階段は真ん中でちょうど反転する形になっていて、ちょうど曲がり終わった付近から1階がよく見えた。階段は居間に直接つながる構造をしていた。


 そこで 見つけた。


 見覚えのあるふわふわで小さな小麦色の毛並みの犬だ。



 反対側の窓の側。

 いつもはダイニングテーブルを置いてある筈の位置。


 お盆や正月は従兄弟たち親戚が集まることもあって、居間は広く空けられる。その空けたスペースにローテーブルがいくつか並べられるのだ。その為いつものテーブルは台所側に寄せられて、出来上がった料理を並べるのに使われたりする。椅子も窓際に並べられていた。

 そんな滅多にない配置。


 そんな頃に母方の祖父母は現れる事はあまりない。

 どちらかと言えば自分ら家族の方が訪問する。もちろん祖父母側から来てくれる事もあるけれど、盆や正月とは少しずれていたと思う。


 なのにふわふわのポメラニアンがそこにいた。


 他に誰もいない。



 窓はカーテンが降りているのか。

 中心に備えられた灯りより向こうにいるせいか。


 何だかポメラニアンがいる場所が薄暗く感じた。



 きゃんきゃんと吠え。

 かちゃかちゃと爪がフローリングを歩く音がして。

 居間の隣の父方の祖母の方を向いていた。



 ふと彼女と目が合う。



 わん と一声。


 うるうると黒目が光っていた。

 舌を見せて微笑むような独特の表情。




 夢が覚めた。



   * * *



 その年は車で祖父母の家に行ってみようという気になった。


 まだ一人で祖父母の車を走らせた事はなかった。北海道ドライブにハマる前の事だ。免許をとって間もなかったとも思う。あまり成績は良くなかったから、自信も無かった。

 つれていってもらっていた時の印象は、祖父母の家まではほとんど直線。ただ、住宅街に入ってからの難易度が高かった。


 けど、地図もあるし、やってみようかと。




 いざ行こうという日。


「でかけるぞ」


 父は、前触れもなく家族を外出に誘う人だ。

 子供の頃はそれでも良かったし、仕事柄難しいだろうとは思っていたと思う。キャンプも大体 従兄弟家族に連れて行ってもらっていた。



 祖父母の家に行きたかった自分は当然断った。

 車は父が乗るものと、自分が通学で使う分がある。出かけた後に出れば良い。

 それだけだったらまだ良かった。

 自分で勝手に行く事だってできたから。


 なのに、そんな時に限って父は 自分で乗っている車ではなく、龍羽がいつも使っている車の方で出かけようと言った。


 車を使わないでと言えれば良かった。

 でも、態度に示して嫌がりはした。



 その時 何と言われたのかは、実はよく覚えていない。

「別にどこも行かないんだろ」とかだったかもしれない。


 ただ、父と出かけるのを断るのに「祖父母の家に行ったりするな」みたいな釘を刺す感じの言葉は言われたような気がする。



 何も言い返せなかった。


 何となく父と母方の祖母とはそりが合わない所もあるようだったのも知っていた。



 もう一台の方は、当時の自分では保険適応外だ。

 何かあってもなくても怒られるのは火を見るより明らかで。

 そもそもその車は車庫に入っていたと思う。鍵の場所も知らない。



 電車で行く事も考えた。


 日に両手ほどの電車しかない地域。

 しかも反対方向へは乗った事がない。


 行った後にバレて怒られたら?

 帰りはどうする?


 行かない言い訳ばかりが増えていく。







   * * *






 1ヶ月後。


 ポメラニアンは亡くなった。


 もしかしたらあの夢は、最期に逢いに来てくれていたのかもしれない。

 言い訳を並べて逢いに行かなかった事を後悔した。




 あの夢で聞いた鳴き声と。

 あのうるうると光る黒い目を。


 今でも時々思い出しては忘れられないでいる。





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