3話 不思議な夜

「…きて、起きてってば…!」

という聞き覚えのない声が聞こえる。

その声に私は目を覚ました。

すると、身に覚えはある顔、服が私の画面から遠のいて言った。

「……やっと起きた?」

「……!?」

あの時の人形だ。

いつの間にか起動していたらしい。

「…大変だったのよ、なかなか起きないから。ワタシを起動したくせに。」

付け加えて「眠りが深いタイプなのね」と言った。

…本当に人間のようだ。

喋り方も、仕草も、人間そっくりだ。

…どこか、誰かに似ている気もする。

私は思わず舐めまわすように見てしまい、人形はそっぽを向いた。

「…名前、付けなきゃ。…名前…」

人形の名前に悩む私に、人形はどこから取りだしたのかあやとりを始めた。

一時期学校で流行っていたこともあった。

「…………あっ!」

私はつい大きい声で言ってしまった。

すると人形が、「なに?」と引き気味にこちらを見た。

「名前っ、思いついた!名前は……」

人形が此方を食い入るように見た。

「あやとりで…ヤトリ!」

私がそう言うと、人形…ヤトリはあやとりをまた

始めた。

「ちょっと!感想…」

「いいんじゃない?」

私が言い終わる前にヤトリは感想を言った。

すると、ヤトリはあやとりをしている手を止めて、俯きながらもこう言った。

「…ワタシは、人間そっくりの知能というだけで、

本物の人間のような知能があるわけでもない。そもそも、感想を抱くこともできない。」

だから、とヤトリは久々に私を見てこう続ける。

「ワタシは、本当に人間になれるわけじゃない。

あなたが求めている人になれるかは分からない

から。」

ヤトリの的確な言葉に、私は少し怖気付いた。

「…でも、私はヤトリを人間の友達みたいに

思ってる。それに、話し相手がいなきゃ、

寂しくて死んじゃうかも。」

下を俯きながら話す私に、ヤトリはなにやら呟いた。

「…昔の人間みたいね」

「…?何か言った?」

私が聞くと、ヤトリは、「なんでもないわよ」とはぐらかした。

…なにか、ヤトリが彩(さい)に似ている気がした。

そんなことはどうでもいい、と私はブンブン頭を

振る。

その行動に驚いたのか、ヤトリがあやとりの糸を

解いてベチンと当ててきた。

「…意外と痛い……」

そう言う私の横にいるヤトリが、少し微笑んだ気がした。

ふと、私は人形を折角買ってもらったのに、ここにいると飽きてしまうんじゃないかと

不安になった。

…ドリーム・ドールは、人形に近い知能を持っていて、思考も少し似ている所もある。

「…出かけたいなぁ」

外に。

この箱の外へ。

そう言った私にヤトリは質問をした。

「なんでそう思うの?」

私はヤトリの質問に、丁寧に返す。

「私は、あと寿命が3年なの。だから、久々に外に出てみたい。それに、あなたがここにずっと居て、飽きて呆れられたら寂しいからね。」

と話すと、ヤトリはまたあやとりを始め、「…そう」と言うなり目を合わせてくれなくなった。

私はそんなヤトリに「冷たいなぁ…」とちょっかいをかけるように呟きながらも、心の中で外に出して

もらえる方法はないかと探るばかりだった。

やはり、医師に言うしかないか。

ロボットに移動してもらうしかない。

そう思いついた私は部屋の扉を開けた。

ロボットを探そうと思ったのだ。

「………………」

私は予想外の結末に言葉も出ず、ただ沈黙した。

その沈黙を破ったのは、どうやら着いてきてくれた

らしい人形のヤトリが口を開いた。

「…どうかしたの?」

そう言いながらも、目は合わせなかった。

「…廊下にロボットが沢山いて、私は案内して

もらったの。子供…いや、大親友の部屋にね。」

そう言うと、ヤトリは何か決めたようにこう言った。

「……それ…夢じゃないかしら。」

という言葉に、私はガッカリしてしまった。

それならもう手段は思いつかない。

…というか、その言葉を言うためだけに

何を決心したのだろうか?

「だめだ…思いつかない…」

何がとは言わないが、誰でも分かるだろう。

私でさえ分かる。

その時、ベットに備え付けられてあるモニターが

ビビビ…という音を立て光った。

先生が通信をしてきたのだ。

「あっ!」と声を響かせた私にヤトリが、

「貴方、一人一つの部屋じゃなきゃ大変そうだったわね」と言った。

私はその言葉に自分のことながら今更?と思ってしまった。

その日常を経て、モニターの方へ近づく。

ちなみに先生は20代後半くらいの歳で、

髪色はオレンジ混じりの茶色で、普通にイケメンだ。

私はそんなことどうでも良くて、

医療を話すためにしか先生と喋らない。

…聞く前に、先生の要件を聞かなければ。

『幸せそうでなによりだ。さて、要件だが、

お前とそろそろ外に出たいかと思ってな。

しかも最近は晴れ続きだし、この病院近くの公園から笑い事が聞こえるだろう。』

先生は私の悩みを見透かすように丁度いいタイミングで話しかけてくれた。

私はそのことに感動し、ヤトリをブンブン振った。

ヤトリは持ちネタのあやとりの紐で叩く芸を

してきた。

2回目にしてもう慣れてしまった。

私は先生をすっかり忘れ、ヤトリと遊んでいた。

そしてヤトリがモニターを指さし、

それでようやく気が付いた。

『ははは。本当に楽しそうだな。

…で、外に出る方法なんだが、最近薬を開発

してな。その薬は……』

効能を言おうとした先生の話を遮り、私は

「痛み止め?」と聞いた。

それに先生はこう言い、言葉を続けた。

『ご名答。ただ、この薬はまだテストプレイの段階

でだな。痛みを止めることの代替に寿命に弊害が

あるかもしれないんだ。』

ヤトリはその言葉に反応したように、あやとりの糸を落とした。

先生はコーヒーをすすりながら更に続けた。

『弊害を完全に無くしたい

ならあと1年待ってもらう必要がある。』

私はその言葉で完全に決意をする。

そして言葉にして、みんなに伝えた。

「弊害があってもいい。私は、今すぐヤトリと2人で楽しめるなら、

むしろそっちがいい。」

そう言った私に先生は『そうか』と言い、

またコーヒーを1口、口に注いだ。

『薬は届けに行く。今日中には間に合うと思うが、夜遅くになるとは思う。』

これでも忙しいからな、と先生は笑う。

私は「わかった!」と元気よく返し、先生と

「また」と言い合い、モニターが切られた。

「嬉しいなー。ね、ヤトリ。薬貰ったら一緒に沢山遊ぼう!」

私は子供のようにはしゃぎ、布団へ潜った。

ヤトリは、「そうね」とだけ言い、アラームをつけ一旦2人で寝た。

私は一瞬で眠りについた。

「……馬鹿ね」

ヤトリの声だけが谺し、それからは誰も喋らなくなった。

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