第52話 五人寄れば

 レイヤたちの隠れ家である倉庫の入り口。

 壊されたシャッターの下から、唯人たちは海を眺めていた。


「唯人さんジッとしててください。濡れたままにしてると風邪を引きますよ?」

「はい……」


 自らが引き起こした海水の豪雨によって、びしょ濡れになった唯人。

 パイプ椅子に座らされて、秤に髪を拭かれていた。

 その様子をレイヤは呆れたように眺めている。


「あれだけのことやらかす奴が、風邪なんか引くか?」

「分からないじゃないですか。人間なんですから」

「まぁ、体内で意味わからんウィルスを培養されても困るからな……」


 軽口を叩きあう秤とレイヤ。

 しかし、唯人の耳には二人の話は入っていなかった。

 先ほどまで荒れ狂っていた海を、遠い目で眺めている。


(こ、今度は退学にならないよな……?)


 唯人は前回の高校生活で退学処分を受けている。

 その理由は頭に血が上って、ちょっとやらかしてしまったから。

 具体的には探求都市を切り裂いた。


 人命にこそ関わらなかったものの、街に大損害を与えてしまった。

 その責任によって退学。

 唯人の青春は終わりを告げた。


(海や海底ならセーフなはず……たぶん)


 とは思いつつも、本当に大丈夫な保証もない。

 唯人としては、明日の登校が今から怖かった。


「はい。あんたらのスマホよ。荒井だっけ。アイツが持ってたわ」

「おおー、愛しのスマホちゃん!」


 近くでは、陽菜が桐華にスマホを渡していた。

 荒井に奪われていた二人の物だ。

 桐華はスマホに頬ずりをする。


「私が管理してたことに感謝しなさい。唯人が持ってたら海水でびしょ濡れよ」

「ありがとー地雷ちゃん」

「地雷ちゃん言うな」


 唯人の学校生活という不安は残った。

 しかし、秤たち三人は無事。

 大きな怪我もなく、なんとか事件は解決した。


「ほら、さっさと歩きなさい」

「……分かってる」


 唯人の前を警察が通った。

 挟むように滝沢が連行されている。

 滝沢の部下も全員が確保済み。これから滝沢も警察署に連行されるのだろう。


「……ちょっと良いですか?」

「……」


 唯人が声をかけると、滝沢は緊張した目で唯人を見た。

 まるで蛇に睨まれたカエルだ。


「裏ルートで刑務所から出所する提案が来ても、外には出ない方が良いですよ?」

「……どうしてだ」


 ガコン!

 遠くに置かれていたドラム缶が斜めに切れた。


「俺の剣は意外と遠くまで届きます」

「わ、分かった」


 滝沢は声を震わせて、唯人から目を背けた。


「は、早く! 俺のことを牢屋に入れてくれ!!」

「いいから、落ち着いて歩きなさい!」


 続いて歩いてきたのは荒井だった。

 警察官の手から離れようと暴れている。

 だが逃げたいのではなく、早く牢屋に入りたいらしい。

 彼の場合は少年院だろう。


 唯人がぼんやりと眺めていると、それに気づいた荒井は顔を真っ青にした。

 そして海に向かって顔を向ける。


「うぉろろろろろろ!!」

「お、おい。大丈夫か⁉」


 思いっきり吐いていた。

 そこまで怖がれれると、唯人も少し傷つく。

 唯人は怖がって欲しいわけじゃない。

 今後は悪さをしないように、反省さえしてくれればいい。

 少し安心させてあげようと口を開いた。


「あの――」

「ひぃぃいいいいいい⁉」

「ちょっと、待ちなさい!!」 


 声をかけようとしたのだが、パトカーに向かって走り出してしまった。

 あれでは何を言っても聞いてもらえないだろう。


(前は良くされた反応だ……)


 悲鳴を上げて逃げられる。

 こうして高校生に戻る前では割と良くある反応だった。

 もはや懐かしさすら覚える。


 陽菜が呆れたように唯人を見ていた。


「あんた意外とSなのね」

「え、いや、わざと脅かしたわけじゃないんだけど……」


 桐華がニヤニヤとしていた。


「じゃあMなんだ?」

「え、そういう話じゃなくない?」

「どっちでも良いけどよ」


 ガっと肩を組まれた。

 耳元からレイヤの声が聞こえる。

 海水でびしょびしょなのに気にならないのだろうか。


「この後、一勝負しようぜ? そもそも約束してただろ?」

「いやいや、そんな時間無いよ。帰って休ませて……」

「そうですよ。ちゃんと休ませてあげてください」

「帰る前にご飯食べて行かない?」

「あんた、さっきまで捕まってたのに、よくそんな元気があるわね」


 女三人寄ればかしましい。

 唯人は女性陣のわちゃわちゃに巻き込まれながら、ファミレスで食事をしてから帰路についた。

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