第51話 切断

「やったー! 私たちの勝ちだぁー!」

「喜ぶのは早いです。しっかりと捕縛してからじゃないと」

「いやいや、あの勢いで突っ込んで無事とはならねぇだろ。本物のA級ならともかく、薬頼りのボンクラじゃな」


 滝沢の部下たちが、おろおろとトラックを見つめている。

 トップを失って統率が乱れている。

 レイヤの舎弟たちが一気に攻勢。部下たちを追い詰め始めた。


「お、オヤジぃ!?」

「だ、ダメだ。逃げるぞ!!」

「クソ! 呆気なくやられやがって!!」


 部下たちがドタドタと逃げ出そうとした時だった。

 ズドン!!

 トラックの天井を突き破って、何かが飛び出してきた。

 それは部下たちの中心に落ちると、を振るって部下たちを吹き飛ばした。


「誰の許可で逃げようとしてんだぁ?」


 トラックから飛び出してきたのは、銀色の鎧だった。

 背丈は三メートル近くはあるだろう。

 爬虫類のようなシャープな顔。スラリと伸びた手足。その全身が鏡のような銀色の装甲におおわれている。

 背中からは蛇腹剣のような尻尾が伸びて、怪しく揺らめいていた。


 そして太もものあたりに、青い光の文字が浮かび上がった。

 『 Project Dragonoid』竜人計画。


「こいつは唯人のガキを殺すために用意してたんだけど、まさか使わされるとは思わなかったぜ」


 竜人からは滝沢の声がした。

 どうやら、滝沢があの機械の竜人を着込んでいるようだ。


「こいつは秘密裏に開発されてる兵器でなぁ」


 トン。

 テニスボールが壁に当たったような軽やかな音が響いた。

 気がつけば、滝沢は秤たちの目の前に居た。


 ガシャン!!

 顔に空気が当たったかと思うと、秤の杖と桐華の剣がバラバラに壊れた。

 振りぬかれたであろう尻尾がゆらりと輝いた。


「流石にテメェ等みたいなガキに使うのは大人げないと思ったんだが、仕方がねぇ。俺は使えるものは使うからよ」


 ビリビリと秤の肌が震える。

 鎧を着こんだ滝沢から、肌が震えるほどの圧迫感が放たれていた。

 べったりと冷や汗が流れる。


「これは、ちょっとマズいね」

「そう……ですね」


 竜人の尻尾が揺らめいた。

 鋭く尖った先端を秤に向ける。


「さっきはやってくれたな。二人居るんだ……一人は殺しても良いか」

「っ!?」


 ギュッと秤が目をつむる。

 秤は尻尾に貫かれる――ことは無かった。

 秤が目を開けると、目の前に尻尾の先端が合った。

 そして――カラリと地面に落ちた。


「……あぁ? なん――ッ⁉」


 ズッッッッッッドン!!!!!!!!!!!!

 まるでビルが倒壊したのかと錯覚するような爆音。

 その瞬間、滝沢が横に吹っ飛んだ。

 ガシャン!!

 壁に叩きつけられる滝沢。鎧に守られていたおかげでダメージは無いようだ。

 しかしキョロキョロと周りを見回していた。何が起こったか分からず混乱しているらしい。


「今、俺の友だちを殺そうとしたような?」


 倉庫の入り口から声が響いた。

 涼やかな落ち着いた声。しかし聞いたものを震わせるような迫力があった。

 滝沢の部下も、レイヤの舎弟たちも道を空ける。

 入って来たのは、唯人だった。


「来やがったな唯人ぉ……」


 ガシャガシャと音を立てて、滝沢が立ち上がった。

 鎧越しにも分かるほど唯人を睨みつけている。


「テメェを殺す。それだけが俺の面子を保つ方法だ。細切れにして魚のエサに――」


 カシャカシャ。カシャカシャ。

 小刻みに金属音が鳴っていた。

 滝沢は自身の手のひらを見つめる。

 滝沢の手が、体が、震えて音が鳴っていた。


「なんだよ。なんでこれだけの兵器を用意してガキ一人にビビってんだ……?」


 滝沢はギュッと拳を握った。

 自暴自棄になったように、走り出した。


「クッッッソガァァァァァァ!!」


 恐れを振り切るように、唯人に向かって走る。

 ガシャン!!

 滝沢が転んだ。

 気がつけば、鎧の四肢が切られていた。

 着ている滝沢は平気だろうが、鎧はもう動けないだろう。


「いつの間に……ぐぁ!?」


 金属を叩く鈍い音と共に、滝沢が宙に浮かんだ。

 ズドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!!!!!

 まるで、あらゆる方向から叩きつけられるように、空中を弾み始める。

 

「ぐふ!! がぁ!! 止め! 止めてくれ!!」


 ガツン!!

 滝沢は大きくバウンドすると、倉庫の入り口の方へと飛ばされた。

 すでに来ていた鎧はボロボロだ。

 滝沢は這うように鎧から抜け出すと、外へと逃げ出した。


「がぁ!?」


 しかし足から血を流して転ぶ。

 コツコツと追いかける唯人から逃げるように、ずりずりと後ろ向きに這っていた。


「ま、待ってくれ。もう反省した。二度とこんなことはしない! 違法な商売も辞める。だから許してくれ!」

「……」


 滝沢は頭を地面にこすりつけていた。

 唯人は滝沢の前で立ち止まる。


「唯人様の強さは理解しました。だから許してください。深く反省――なんてするわけねぇだろうが!!」


 バシャン!!

 暗い海の中から巨大な鉄の塊が飛び出した。

 まるで機械仕掛けの竜のような見た目だ。

 光り輝く二つの瞳で唯人を睨みつけている。


「こいつは対S級用に開発されてる兵器だ! この意味がテメェに分かるか⁉」


 滝沢は兵器に向かって手を広げた。

 まるで神を仰ぐように。


「こんな兵器を引っ張り出せるってことは、俺の背後にはデカい闇が控えてる!! テメェの敵は俺だけじゃねぇ。この街の『闇』だ!!」


 竜の口から巨大な砲が伸びた。

 甲高い駆動音と共に、バチバチと竜は雷を帯びる。


「だから諦めて、お友達と一緒に消し飛べ!!」


 唯人は興味もなさそうに竜を見つめる。

 そして腰の刀に手を伸ばした。

 バチバチと唯人の体に黒い雷が走る。

 唯人は軽く腰を下ろして、居合の構えを作った。


 ――S級探索者。

 それは探索者の等級でも、最上位に位置する。

 端的に言えば、とても強い人たち。


 しかし、探求都市においてはS級探索者と不用意に関わることは避けるべきと言われている。

 理由は簡単。


 S級探索者は『頭のおかしい異常者の集まり』だからだ。


 突然キレだして、山を切り裂く『老害』。

 ビルを折って振り回す『戦闘狂』。

 浮気された腹いせに、恋人の内臓を百二十六回ぶち抜いた『メンヘラヒーラー』。

 実験と称して海底の地形を変える『狂魔術師』。

 そして最も恐れられているのが――



 妹を傷つけられた報復として探求都市を真っ二つに切り裂いた『剣士』。



 一瞬、あらゆる音が消し飛んだ。

 機械の竜が消し飛んだ。

 海が真っ二つに割れた。

 海底が深くえぐれて、新しい海溝が生まれた。


 そして火山の噴火にも似た爆音が追い付いた。

 探求都市全体が地震のようにグラグラと揺れた。

 吹き飛んだ海が、雨のようにザーザーと降り注いだ。

 割れた海が海溝に流れ込んだ。


 滝沢はへなへなと座り込むと、ぽかんと唯人を見上げた。


「この街が敵になっても構わないよ」


 唯人はスッと刀を収めた。


切り裂くだけだ」


 ばたり。

 滝沢は目を開けたまま気絶していた。

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