第49話 薬

「ダメだ。唯人の奴が捕まらない」


 レイヤがため息を吐きながらスマホをしまった。

 桐華は首をかしげる。


「唯人くん、見つからないの?」

「いや、カラオケで暴れてたのは目撃されてるんだが、すぐに凄い速さで走って行ったらしい」


 レイヤは難しそうに眉を寄せる。


「しかも男を背負って、女をお姫様抱っこしてたらしいぞ。なにやってんだアイツ……」

「また新しい女の子⁉」

「いや、流石に無いでしょう。陽菜さんではないですか? 私たちを探すのに協力して貰っているとか……」

「そうだと信じておこうか――うわぁ!?」


 ガッシャーン!!

 部屋の外から、爆音が響いた。

 

 レイヤが外に飛び出す。

 秤と桐華もそれに続いた。

 倉庫の中には、正面がへこんだトラックが止まっていた。

 入り口のシャッターが無理やり外されている。

 どうやらトラックで突っ込んできたらしい。

 外に待機していた不良たちが、目を見開いている。


「な、なんだテメェ――ぐはぁ!?」

「邪魔するぞガキ共」


 入り口近くに居た不良が吹っ飛んできた。

 レイヤはそれを空中でキャッチ。静かに床に下ろす。

 不良はお腹を押さえて、ゴホゴホと血を吐いていた。


「さっきぶりだな。クズの親玉が」


 レイヤはギラリと睨みつけた。

 その先に居るのは白いスーツの男。

 レイヤの目線を涼しく受け流していた。


「俺は滝沢商会の滝沢だ。後ろに居る女どもを渡せば、今回は半殺しで許してやるぞ。不良のお姫様?」

「……先に聞かせろ。どうしてこんなに早く、この場所が分かったんだ?」

「アイツらのおかげさ」


 滝沢は入り口を指さした。

 そこに居たのは、秤たちをナンパして海に投げられていた男たち。


「テメェ等……入って早々裏切ったのか?」

「俺らは良い思いをするために、ここらで有名な『夜流愚零武ヤルングレイブ』に入ったんだ! なのに女遊びもさせてくれねぇで、使い走りにされて、こんなのやってられるか――よぉ⁉」


 ガッシャン!!

 ナンパ男たちにドラム缶が落っこちた。

 吹っ飛ばされた男たちは、バシャンと海に落ちていく。

 後ろを振り向くと、スキンヘッドが腕を振りぬいていた。

 彼がぶん投げたらしい。


「俺たち『夜流愚零武ヤルングレイブ』はレイヤ様に感銘を受けた組織だ。お前らのようなクズのために存在しているわけではない!!」


 スキンヘッドに触発されたのか、『夜流愚零武ヤルングレイブ』の不良たちはコキコキと体を慣らして臨戦態勢をとる。


「そうだ! 女二人守れねぇでなにが『夜流愚零武ヤルングレイブ』だ!!」

「くだらねぇ反社共が調子に乗るんじゃねぇ!!」

「やんぞオラぁ!!」


 そんな不良たちを、滝沢は冷めた目で眺めた。

 そしてレイヤを睨みつける。


「で? 女どもを渡すのか?」

「渡すわけねぇだろ」

「なら死ね」


 ドン!!

 レイヤと滝沢。二人は同時に地を蹴った。

 振りかぶられた拳が空気を切り裂く。

 ズドン!!

 二人の拳がぶつかると、びりびりと空気を震わせた。


「レイヤ様に続け!!」

「行くぞオラぁ!!」


 スキンヘッドの言葉を皮切りに、不良たちが走り出した。


「ガキ共を殺せぇ!!」

「うす!」


 滝沢の声に従って、滝沢の手下がゾロゾロと倉庫内に押し入ってくる。


 二つの流れがぶつかると、暴力的な雄たけびと鈍い打撃音に倉庫は包まれた。

 レイヤはその様子を見て叫ぶ。


「お前ら、なんとか耐えろ! 俺がこのクズぶっ飛ばせばしまいだ!!」

「俺をぶっ飛ばす? 調子に乗るなよガキがぁ!!」


 滝沢が拳を振り上げる。

 ガキン!!

 振りぬかれた拳は、細身の剣によって受け止められた。


「私たちも居るから、忘れないでね!!」

「援護します!」


 桐華が剣を振るう。

 滝沢はかろうじて避けるが、その顔面に火の玉が飛んできた。

 ドカン!!

 滝沢が爆炎に包まれる。しかし拳を振るうと煙が吹き飛ばされた。

 滝沢はほぼ無傷。頬に薄っすらと傷が残っている程度だ。


「うわ、硬いね!?」

「だが、勝てない相手じゃねぇ」


 レイヤはニヤリと笑った。


「俺の見立てだと、アイツの実力はB級探索者程度だ。三人がかりなら勝てない相手じゃねぇ」

「それは嬉しい情報かも」

「A級の甘井さんと戦った時よりは、希望が持てますね」


 三人の言葉を聞いて、滝沢はひくひくと眉を動かしていた。

 どんどんと顔のしわが深くなっていく。

 まるで鬼の形相だ。


「B級程度……A級よりも弱いだと?」

「あぁん? なにキレてんだよ……あ、さては――」


 レイヤは小馬鹿にしたように、ニヤニヤと笑った。

 メスガキフェイスだ。


「おっさん、A級に上がれなくて探索者を辞めたのか? 自分の弱さにコンプレックスでもあるんだろ?」

「殺す!!!!!!」


 図星だったらしい。

 B級探索者でも十分に強い。

 だが、滝沢はそれでは満足できなかったのだろう。


 滝沢は両腕を振り上げて、レイヤに叩きつけた。

 しかし、レイヤが手を添えるだけで攻撃を受け流す。

 拳は地面に当たると、ビキビキとコンクリートの床に亀裂を走らせた。


「はっ、頭に血が上った攻撃なんて当たるかよ!」


 攻撃を受け流すと、レイヤは滝沢の体に拳を叩きこんだ。

 ズドンと鈍い音を響かせて、滝沢の体がのけぞった。

 ふらふらと後ずさる。


「クソガキがぁぁぁぁぁぁ!!」


 滝沢はポケットに手を突っ込んだ。

 そこから取り出したのは注射器。

 探求都市で使われる銃のような形をした注射器であり、どこでも誰でも薬品を投与することができる。


 滝沢は注射器を首に押し当てると、引き金を引いた。

 詰められていた透明な液体が、ドクドクと注ぎ込まれる。


 空っぽになった注射器が床に落ちた。からりと音が響く。

 ズドン!!


「がはっ!?」

「レイヤちゃん!!」


 気づけば滝沢が拳を振りぬいてた。

 吹っ飛ばされたレイヤは壁に激突。

 ゲホゲホとせき込む。


「ここからが本番だ」


 滝沢は瞳孔が開いた眼で、秤たちを睨みつけた。

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