第46話 サイコロステーキ

「……なんか寒気がした」


 桐華がブルりと体を震わせた。

 何かを恐れるように、周りを見渡す。


「風邪ですか?」

「うーん。嫌な予感って感じ?」

「おいおい、縁起でもねぇな……」


 レイヤの隠れ家。

 桐華とレイヤの、探求都市の都市伝説談議が落ち着いたころだった。


「ところで、この後はどうしますか?」


 警察が当てにできないのは秤も理解した。

 だが、ずっとここに隠れているわけにもいかない。

 自分たちで事態を解決するために、どこかのタイミングで動き出す必要がある。


「それに関しては待ってくれ。舎弟に街を嗅ぎまわらせてる」

「しゃ、舎弟ですか?」

「ああ、俺は『夜流愚零武ヤルングレイブ』ってチームの頭張ってるからな」

「おぉー。見かけによらず不良だねぇ」


 桐華が茶化すように言った。

 だが、この状況で動かせる組織があるのはありがたい。

 個人で動くよりも、情報が入って来やすいだろう。

 

「だがまぁ、アレは反社の奴らだな。見た目からしてまともな感じはしなかった」

「反社……そんな人たちまでいるんですか?」

「お偉いさんからすると、違法な兵器や薬物を取引するのに都合が良いんだろうな」

「……腐ってますね」


 秤は吐き捨てるように言った。

 今日だけで気分の悪い話をいくつも聞くことになる。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「本当にここに居るのかな……」

「情報をまとめる限りは、間違いないんじゃない?」


 唯人たちはカラオケの店舗前に居た。

 佐藤や陽菜に集めてもらった情報からすると、ここに荒井が隠れているらしい。

 しかし、唯人はカラオケに抵抗感があった。


「カラオケって入ったことない……」


 唯人には友だちが居なかった。カラオケなんてもちろん入ったことが無い。

 歌が好きな人なら一人カラオケなんかを楽しむのだろうが、唯人にはそんな趣味も無かった。


「あぁー。はいはい。さっさと入るわよ」

「はい……」


 唯人は陽菜に手を掴まれて、引きずられるようにカラオケに入った。

 陽菜は受け付けに行くと、ちゃっちゃと手続きを済ませた。

 なんとも手馴れている。

 

 奥に進むと、左右に部屋が連なっていた。

 ドアには小さな窓が付いている。

 

「一番奥の部屋を選んだから、向かいながら部屋の中を確認するわよ。バレたら店員に追い出されるから気を付けなさい」

「りょ、了解……」


 二人は部屋の中をちらりと見ながら、奥へと進んで行く。

 

「居た!」


 唯人は部屋を覗き込む。

 中には荒井と二人の男子生徒。

 男子たちはマイクを持って騒いでいるが、荒井は席に座って沈んでいた。


「失礼します」

「お縄に付きなさい!」

「なっ……なんでここに!?」


 荒井は勢いよく立ち上がった。

 その目は大きく見開かれている。


「……どうしてこの場所が分かったんだ」

「あんたのお友達に感謝しないとね」


 陽菜は印籠のようにスマホを見せつけた。

 そこには男子生徒の一人が映った画像。

 SNSに投稿されたものだ。

 『いつメンとカラオケ!』と書かれている。

 男子の後ろには荒井の横顔が見切れていた。


「お、お前……!?」

「わ、悪りぃ……」


 荒井が件の男子を睨みつける。

 男子はペコペコと頭を下げていた。


「お友達には事情を話してなかったようね。まぁ、『誘拐未遂を起こしたから逃げてます』なんて言えないものね」


 陽菜の言葉を聞いた男子たちはギョッと荒井を見た。

 

「ゆ、誘拐ってなんだよ……」

「わ、悪いけど用事思い出したわ……」


 男子たちはそそくさと逃げていく。

 なんとも脆い友情だ。

 荒井は男子たちを見送ると、唯人を睨みつけた。


「ずいぶんと儚い友情ね」

「テメェ等……調子に乗るなよ?」

「あらあら、怖くなって逃げ出して震えてた鶏ちゃんが吠えるわね?」

「クソ女がぁ!!」


 煽り散らす陽菜。

 耐えられなくなった荒井が、陽菜に向かって叫んだ。

 陽菜を守るように唯人が立ちふさがる。


「荒井……どうして、秤ちゃんたちを誘拐しようとしたんだ?」

「……テメェのせいだよ」

「俺のせい?」

「向こうは、お前のことを恨んでるみたいだったぜ」


 恨まれている。

 そう言われても、唯人にはピンと来ない。

 で恨まれる理由なんて無かったはずだ。


「とりあえず、誘拐を企てた人たちの元に案内して」

「なんだ? 詫び入れに行くのか?」

「潰しに行く」


 ぽかん。

 荒井が口を開けた。

 唯人が発した言葉の意味が理解できなかったらしい。

 しかし脳が追い付くと共に、ニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。


「はっ、馬鹿じゃねぇのか? 相手は俺みたいな学生じゃねぇぞ。本業の奴らだ。お前みたいな陰キャが勝てるわけがねぇだろうが……!」

「勝つよ」


 唯人は淡々と口を開いた。

 まるで今日の晩御飯のメニューを話すように。


「例えこの街の全てを敵に回したとしても、二人は必ず守る。そのためなら、この街を丸ごと切り裂いて見せる」


 唯人の言葉を聞いた荒井は、ゲラゲラと笑い出した。


「く、かはははは!! お前、馬鹿じゃねぇのか?」


 荒井は笑い終えると、指をボキボキと鳴らした。

 にやにやと笑みを浮かべて、唯人を睨む。


「まぁ良いわ。お前をボコして連れてけば、誘拐の失敗も、あの二人も許して貰えてハッピーエンドだろ――俺の青春のために、踏み台になってくれや!!」


 荒井が拳を振り上げた。

 ズバン!!

 荒井の体が真っ二つに切り裂かれた。

 ……ように見えた。


「あ、ガァァァァァアアアアア!!!!!!!!」


 荒井には傷一つ付いてない。

 しかし、体を抑えてゴロゴロとのたうち回る。

 まるで体を真っ二つにしたように痛がっていた。


「な、なにをしたァァ!?」

「魔力を叩きつけて脳を騙した」


 唯人が師匠から習った技の一つだ。

 相手に傷を付けずに無力化することができる。

 師匠はしつこいナンパ相手に使うほど、気楽に使用していた。

 しかし、唯人はめったに使わない。痛いのは可哀そうだから。


「ふざけんじゃ――!!」


 荒井は立ち上がると、再び拳を振り上げた。


 ドクン!!

 低い太鼓のような音が響く。

 唯人の体に、バチバチと黒い雷が走った。

 それと同時に自身のように、建物が震え始める。

 電球がパチパチと不規則に明滅を繰り返す。


「荒井は二つ勘違いをしている」


 荒井はへなへなと腰が抜けたように倒れると、ガクガクと震えながら唯人を凝視する。荒井のズボンが、じんわりと湿った。


「俺は冗談を言っていない。何があっても、二人を守る」


 唯人は腰をかがめて、荒井の目を見つめた。

 荒井は浅い呼吸を繰り返して、目や鼻からダラダラと汁を流していた。


「そして荒井のことも許してない……全身を細切れにされたいかな?」


 ばたん。

 荒井は口から泡を吹いて倒れた。

 唯人は荒井の首根っこを掴むと、引きずるように部屋から出した。


「な、なに今の……?」


 陽菜はその状況を見て困惑していた。

 彼女からすると、部屋が揺れたりと異常現象が起こっていた。


「うーん。ポルターガイスト?」

「いや、明らかに唯人がなにかやってたじゃん……」


 陽菜と顔を合わせた唯人は、困ったように微笑んでいた。

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