第44話 腐敗

「いや、なにを言ってるんですか。治安を維持する国家権力ですよ? おかしな人たちに狙われてるなら、私たちを保護してくれるはずです」

「この街の警察なら、金積まれたら引き渡すと思うぞ?」

「そんなはずないでしょう。ねぇ、桐華さん?」


 秤は同意を求めて桐華を見た。

 しかし、桐華は苦笑いを浮かべるばかりだ。


「この街の警察はふてくされてるんだ」

「ふてくされるってなんですか? そんな子供じゃないんですから」

「事実なんだからしょうがねえだろ?」


 レイヤはおどけたように肩をすくめると、ティーカップを傾けた。


「そもそも、この街は企業が金儲けをするために作られた街なんだ」

「……どういうことですか?」

「じゃあ秤に問題だ。この街を作ったのは誰だ?」


 探求都市に初めて入ったとき、秤は街のパンフレットのような物を貰った。

 その中身を思い出す。


「たしか『探索者支援協会』。通称『ギルド』ですよね?」


 ギルドは探索者たちの効率的なダンジョン探索をサポートする組織だ。

 探索者のランクなども、この組織によって認定される。


「じゃあ、そのギルドを作ったのは?」

「ダンジョン関連で利益を出している複数の新興企業です」


 ダンジョンからは様々な資源が採取される。

 モンスターの魔石。未知の物質。新種の植物。

 その資源たちによって、人類は新しい技術を次々と生み出している。

 秤や桐華が操っている魔法だって、そこから生まれた力だ。


 そして新しい技術は莫大な利益を生む。

 その利益を使って作られたのがギルドである。


「じゃあ、この街は何のために作られたと思う?」

「ギルドが作ったわけですから、探索者たちをサポートするためです」

「もっと生々しく言うと、企業が金儲けをするためだ」


 そう言った見方もできるだろう。

 企業は慈善団体じゃない。探索者のサポートだって利益のため。

 効率的に利益を上げるために、ギルドやこの街を作ったのだ。


「そしてこの街は日本であって、日本じゃない。強力な自治権を持った自治都市だ。その全権を把握しているしているのはギルド――もっと言うと、その背後に控えてる企業たちだ」


 レイヤはピンと人差し指を立てる。


「じゃあ次の問題だ。もしもこの街に大きな利益を出す奴――例えばA級探索者が罪を犯したとしよう。そいつが警察に捕まったらどうなると思う」

「……正当に裁かれるべきです」


 秤や嫌な予感がした。

 それでも、自分の信じることを答えた。


「残念ながら無罪放免だ。事件はもみ消されて終わり。最悪の場合、てきとうな奴が罪を擦り付けられる」


 秤はギリギリと拳を握りしめた。

 そんな不当なことが有っていいわけがない。罪を犯したならば、裁かれるべきだ。


「それでは警察の意味がありません!!」

「だろうな。そう思った警官も多いだろうよ。じゃあ、もしも秤が警官で明らかに悪い奴が無罪になったらどうする?」

「断固として抗議します!」

「だけど、相手は巨大な自治都市だ。個人で勝てると思うか?」

「それは……」


 勝てるわけがない。

 相手は街一つ。背後にはいくつもの巨大企業が控えている。

 物量、資本、あらゆる面で勝ち目はない。


「だから、まともな警官は『諦める』か『立ち去る』。残ってるのは腐った街を利用して小銭を稼ぐクズ。あるいは、自分のできる範囲で市民を守る諦めたお人好しだ」


 だから、警察は当てにできない。

 もしも秤や桐華を追いかけているのが、この街に利益をもたらす存在なら――簡単に秤たちを切り捨てる。


 ふと、秤はこの街に来てからのことを思い出した。

 考えてみれば事件や事故に出くわす回数が多かった気がする。

 それは警察が、この街が腐敗しているのが原因だったのだろう。


「こ、こんな街だから、変な都市伝説も多いんだよねぇ!!」


 落ち込んでいる秤を元気づけるように、桐華が明るく声を上げた。


「S級探索者が秘密裏に人体実験をやってるとかな」

「悪く言いすぎじゃない? それ、男の子の命を助けるために、ドラゴンの心臓を移植した話でしょ?」

「そうそう、本州のほうで大災害を起こしたドラゴンのな」

「しかも男の子はS級探索者の人に弟子入りしたとかね」

「なんかのアニメかよって話だよな」


 桐華とレイヤがワイワイと話しをする。

 秤はハーブティーを手に取った。少しぬるくなっている。

 それでも、飲み込むと少しだけホッとした。


「年代的に高校生くらいかな。実在したら何してるんだろうね?」

「S級探索者だろ。まさか普通の高校生やってるわけないだろうし」

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