第43話 隠れ家

「うっ……ここは?」


 秤が目を覚ますと、そこは古い事務所のような場所だった。

 大きめのソファーに寝かせられている。すぐ隣には、寝息を立てている桐華が居た。

 掃除はしっかりとされているようで、埃っぽくはない。

 隅のテーブルでは、電気ケトルがぐつぐつとお湯を沸かしていた。


「……桐華さん。起きてください」

「んぁ……もう朝ぁ?」

「ほら、しっかりしてください!!」


 ごそごそと起き出した桐華。

 まだ薬が効いているのか、眠たそうにしている。


「桐華さん、私たちは誘拐されたんです」

「誘拐……あ! 荒井くんに貰ったミルクティーを飲んだら、急に眠くなって……!!」

「彼に連れてこられたんですよ」


 二人がひそひそと話していると、ガチャリと扉が開かれた。


「よぉ、目が覚めたか?」

「……誰ですか?」


 入って来たのは赤毛の美少女。

 美少女はケトルに近づく。

 ガラスのポット茶葉を入れると、そこにお湯を注いだ。


「俺は『雷鳴寺レイヤ』。お前たちは?」

「……天野秤です」

「神宮寺桐華だけど」

「秤に桐華か、よろしくな」


 秤はキッとレイヤを睨みつける。

 桐華も今にも飛び掛かりそうだ。

 レイヤは二人の警戒を理解しているのだろうか。

 あまりにも無防備にしている。


「まず言っておくが、俺は誘拐犯じゃない。お前たちを助けた側だ」

「……事情を聞きましょう」

「俺はお前たちの通ってる高校に用事があってな――」


 レイヤは事件のことを語りだした。

 秤と桐華が誘拐されそうになっていたこと。

 二人を助け出したが、守りながら誘拐犯たちと戦うのは厳しいと判断。

 すぐに逃げ出したらしい。


「ここは俺たちの隠れ家だ。お前たちを狙ってるヤバい奴らにも、そう簡単には見つからない」


 レイヤはガラスのティーカップにお茶を注ぐと、秤たちに差し出した。

 お茶からは爽やかな匂いがする。ハーブティーだろう。


「……そんな話、信じられるとでも?」


 秤は鋭い目を向ける。

 しかし、レイヤは気にした様子もない。


「それなら、好きにすれば良い。俺は善意からお前たちを助けたが、お人好しじゃない。伸ばした手を弾かれたらそれまでだ」


 レイヤは入って来た扉に首を動かした。

 そこから出られるのだろう。


「それでは失礼します。桐華さん、帰りましょう」

「……いや、秤ちゃん待ってくれる?」


 桐華はレイヤを真っすぐに見つめた。


「レイヤさんは唯人くんのことを知ってますか?」

「あ? あぁ、知ってるぜ。つい昨日、一緒に子供財布を探した仲だ」

「やっぱり……」

「どういうことですか?」


 なぜそんなことを桐華が知っているのか。

 秤が困惑していると、桐華が答えた。


「昨日、ゲームしてる時に聞いたんだよね。赤毛の変な人に会ったって」

「はぁ⁉ 俺のことを変な人だと、あの野郎……!」


 レイヤはギリギリと拳を握る。

 唯人と再会した時には殴りかかりそうだ。


「ま、まぁ、変な人だけど、小さい子のために頑張れる良い人だったって言ってたから」

「それ、褒めてるのか?」

「たぶん、唯人くん基準だと褒めてる方だと思う」


 桐華は苦笑いを浮かべながら、秤を見た。


「レイヤさんを信用しても良いんじゃないかなって、私は思うんだけど……」


 秤は眉をひそめる。

 唯人が信用している人なら信用できる――いや、そんなことは無い気がする。

 陽菜にだってあっさり騙されそうになっていた。


「あまり唯人さんの人を見る目は信用できないのですが……」

「で、でも唯人くんが仲良くやれてる人は、良い人が多いじゃん⁉」

「それは、そうかもしれません」


 唯人はちょっと性格に難がある。

 彼と仲良くやれている人は、良い人な可能性が高そうだ。

 陽菜も根は悪い人では無かったようだ。


「それに、秤ちゃんもスマホ無くなってるでしょ?」

「え……本当ですね」

「言っとくけど、俺は持ってないからな。あのクズが盗ったんじゃないか?」


 レイヤの言うクズとは、荒井のことだろうか。

 誘拐した人間がスマホを持っていたら、GPSなどで居場所を特定されるかもしれない。

 電源を切るついでに奪っておくのは理にかなっている。


「スマホが無いと、情報を集めるのも大変でしょ? 状況が分かるまでレイヤさんのところでお世話になるのも良いと思うんだけど」

「……別にレイヤさんの所ではなく、警察に行けばよくないですか?」


 秤としてはまっとうな意見を言ったつもりだった。

 しかし、桐華とレイヤはきょとんと、不思議そうな顔をした。


「いや、この状況で警察なんか――あ、秤は最近引っ越してきたタイプか?」

「そうですけど?」


 秤は高校に入学するにあたって、探求都市にやって来た。

 どうしてそのことが分かったのだろうか。

 レイヤはやれやれと肩をすくめた。


「覚えておいた方が良いぜ。探求都市じゃ警察を頼りすぎるのは止めておけ。アイツらは役に立たない」

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