第39話 身バレ

 男の子の足跡をたどって、唯人たちは財布を探していく。

 デパートのゲームコーナーに学習センター。

 探し回るが見つからない。


 ぐぅー。

 男の子のお腹が鳴った。

 時刻は六時に近い。お腹も減って来る時間だろう。


「なんだ? 腹が減ったのか?」

「うん……」

「しゃーねぇな。ちょっと待ってろ」


 レイヤはそう言ってコンビニへ。

 買ってきたのは唐揚げだ。

 つまようじを差すと、男の子に差し出した。


「ほら、一個やるよ」

「ありがとう!」


 男の子はにこにこと唐揚げを頬張った。

 レイヤはにこりと笑うと、自身も唐揚げをつまんで口に投げる。

 見た目は可憐な美少女なのに、豪快な仕草が妙に様になっていた。


 唯人がジッと見ていると、レイヤは首をかしげた。


「秋月も食いたいのか?」

「いや、大丈夫です」

「遠慮すんなって! ほら、あーん」


 レイヤは唐揚げをつまむと、唯人の口に押し出してきた。

 顔面で唐揚げを受けたくなければ、口を開くしかない。

 唯人はもぐもぐと唐揚げを食べる。ジューシーで美味しい。


「超絶可愛い俺に食わせて貰えるなんて、秋月は幸せ者だな!!」

「あ、ありがとうございます?」


 自分で可愛いとか言っちゃうのか……。

 レイヤは自身かなようだ。

 桐華や陽菜でさえ、自分を可愛いとは言わない……ような気がする。


「あ、あそこの公園でも遊んだよ!」


 男の子が指さしたのは、街中に作られた小さな公園。

 走りだす男の子を追って、唯人たちはのんびりと公園に入る。

 公園に入ると、男の子が困ったように立ち尽くしていた。


「あれ、僕の財布……」


 男の子がうるんだ瞳で見つめる先には、三人の男子高校生。


「いえーい。臨時収入!」

「いいじゃん。ファミレス行かね?」


 男子高校生たちは、ビニール製の財布を覗いてワイワイと騒いでいる。

 なんと唯人と同じ制服。

 なんと唯人の知っている人。


「アイツ、ナンパしてたクズじゃねぇか……」

「……荒井さん?」


 三人のうち一人は荒井だった。

 荒井は公園に入って来た唯人たちを見ると、眉間にしわを寄せた。


「テメェ!! 昨日、ぶん殴って来た女じゃねぇか⁉」


 荒井はずんずんとレイヤに迫る。

 今にも殴り掛かりそうな勢いだったため、唯人が間に入った。


「お、落ち着いて荒井さん」

「テメェ……なんでここに居んだよ!!」

「こ、この子の財布を探しに来てて……」


 唯人は荒井の持っている財布を見る。

 その目線で、荒井もおおよその状況は把握したようだ。


「……いいぜ。財布は返してやるよ」

「あ、ありがとう」

「その代わり……その女をこっちに寄こせ」

「えぇ……?」


 唯人が困惑していると、グッと肩を掴まれた。

 振り向くとレイヤが獰猛な笑みを浮かべていた。


「退きな秋月。このクズが、昨日と同じようにぶっ飛ばしてやるよ」

「き、昨日と同じように……?」

「不意打ちで殴っただけで良い気になってんじゃねぇぞ!!」

「わわ、荒井さんも落ち着いて……」


 唯人を挟んでメンチを切る二人。

 挟まれた陰キャとしては落ち着かない。


「このクソアマがぁ!!」

「かかってこいや!!」


 二人が拳を振り上げた。

 荒井は一学年の実力者。レイヤは不意打ちとは言え、荒井に一撃を入れた凄腕。

 二人が本気で喧嘩をしたら、マズいかもしれない。


「ぼ、暴力は良くない……!」


 ドシン!!

 二人の拳が受け止められた。

 間に入った唯人が、難なく防いでいた。


「離せ、クソがぁ!!」

「秋月、ドコからこんな力が……⁉」


 二人ともギリギリと腕を動かそうとしている。

 しかし、ここで離したら殴り合いが始まるかもしれない。


「とりあえず、荒井さんは財布を返してあげよう。そして二人の喧嘩は話し合いで解決しない?」

「ふざけんじゃ――」


 ちゃらららと、音楽が鳴り始めた。

 荒井がポケットからスマホを取り出す。

 着信のようだ。


「離せや」

「あ、うん」


 荒井が電話に出る。


「先輩、お疲れ様です。……え、今からっすか? わ、っかりました。すぐに行きます」


 荒井は舌打ちをすると、スマホをしまった。

 唯人たちを睨みつけると――ブン!!

 勢いよく財布を投げつけてきた。目標はレイヤの顔面。

 ぱしんと唯人がキャッチ。

 それを見て、荒井は忌々しそうに眉間を寄せた。


「おい、今日は解散だ。用事ができた」

「え、荒井くん行っちゃうん?」

「しゃーない。お疲れー」


 あっという間に荒井たちは居なくなる。

 とりあえず、唯人は男の子に財布を返すことにした。


「はい。もう落とさないように気を付けて――中身は減ってないよね?」

「ありがとう。うん、大丈夫だよ!」


 男の子は走り出すと、『じゃあね!』と言って帰って行った。

 もう子供は帰る時間だ。

 早く帰らないと、怒られてしまうのだろう。


「なぁ、秋月……お前、下の名前は?」


 レイヤが問いかけてきた。

 なにがそんなに楽しいのか、ニコニコと笑っている。


「え? 唯人だけ――」


 ブン!!

 レイヤの拳が飛んだ。

 目標は唯人の顔面。

 しかし、唯人は顔を傾けるだけでその拳を避けた。


「本物みたいだな?」

「え、なに? どういうこと?」


 レイヤがふわりと微笑んだ。

 まるで、デートにでも誘うように。


「唯人、今から時間あるか?」


 ドキリと唯人の胸が高鳴った。

 因果関係は分からないが、本当にデートの誘いなのかもしれない。

 だって、レイヤは恋する乙女のように儚げに笑っている。

 唯人はドキドキと高鳴る胸を抑えて口を開いた。


「ごめん。無い」

「なんでだよ⁉」

「この後、友だちとゲームやる約束してて……」


 桐華とゲームをする約束をしているのだ。

 あまり、のんびりとしている時間は無い。

 帰ってご飯を食べておかないと間に合わない。


 レイヤはぴくぴくと眉を動かしながら、ため息を吐いた。


「はぁ、分かった。じゃあ明日だ! 明日の放課後に会いに行くから、時間を空けとけよ!!」

「え、明日は――」


 ダン!!

 唯人が口をはさむよりも前に、レイヤは走り出した。

 あっという間に、公園から居なくなってしまった。


「明日は、補習が……」


 その呟きは誰に聞かれることもなく、夕焼けに溶けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る