第38話 距離感おかしくない?

 放課後。唯人は一人で帰宅していた。

 普段は秤や桐華と帰り道を共にすることが多い。

 しかし、桐華は別の友人との約束。秤は先生の手伝いがあるらしい。


 久しぶりな一人での帰り道。

 唯人は本屋へと足を向けた。

 学校で読んでいるラノベを買うためだ。


「うぇーん!!」

「おいおい、泣き止めよ。泣いたってしかたねぇだろ?」


 本屋の前では、男の子が泣いていた。

 それをなだめているのは赤毛の美少女。お姉さんだろうか。


(子供の相手は大変そうだなぁ。頑張れお姉ちゃん)


 唯人は心の中でエールを送って本屋へ。

 数分ほどで本を購入。

 店の外に出ると――。


「アナタが子供を泣かせたんじゃないの!?」

「ちげぇっつーの!! このガキは財布を落としたんだよ!!」

「じゃあ、アナタが盗んだんでしょう!!」

「はぁ?」


 なにやら、赤毛の美少女がギャーギャーと揉めていた。

 相手は神経質そうなおばさんだ。


「アナタ、さっきから言葉が乱暴だもの。そうに違いないわ! さっさと返してあげなさいよ!!」

「ふざけんじゃねぞババア!! ぶっ飛ばすぞ!?」

「ぶっ飛ばすですって!? ちょっと誰か、警察を呼んで!!」

「ババア、マジでいい加減にしろよ⁉」


 通行人がざわざわと二人を見守っている。


「子供から泥棒?」「暴力はヤバくね?」「通報したほうが良いか?」


 騒がしい声を聞く限り、美少女の形勢が悪いようだ。

 野次馬の一部がスマホを取り出す。

 このままでは通報されてしまいそうだ。


 唯人は慌てて、二人の間に割って入る。


「あ、あのー、ちょっと落ち着いてください」

「はい⁉ なによアナタ⁉」

「と、とりあえず、この子に話を聞いてみませんか?」


 男の子はすでに泣き止んでいる。

 喧嘩の様子をおろおろと眺めていた。

 今なら話が聞けるだろう。


 唯人はしゃがみ込んで、男の子に目線を合わせた。


「君はなんで泣いてたのかな?」

「財布を落としちゃって……」

「このお姉ちゃんは誰?」

「僕が泣いてたら声をかけてくれた」

「ってことらしいですけど……」


 野次馬がざわざわと騒ぎ出す。


「おばさんがやべー奴ってことか?」「子供をあやしてたら絡まれたってこと?」「逆に通報したほうが良いんじゃね?」


 形勢が悪くなると、おばさんの顔が真っ赤になる。

 吊り上がった目でギッと睨まれた。

 怖い。


「アナタね。何を余計なことを――」

「母さん!! なにやってんだよ!!」


 スーツ姿の男性が、おばさんに駆け寄った。


「急に電話を切って……早く行かないと間に合わないぞ?」

「違うのよ。この子供がうるさくて――!!」

「分かったって……すいません。ご迷惑をおかけしました」


 おばさんは男性に手を引かれて、ズルズルと連れて行かれた。

 何というか……人騒がせな人だった。


 事態が収まると、見物していた野次馬も散っていった。

 残されたのは、唯人と美少女。そして男の子。


「助かったわ。あのババア、子供がうるさいから何とかしろって絡んできてよ……」

「は、はぁ、大変でしたね」


 美少女もおばさんも気が強そうだ。

 うるさくて注意したら、ついヒートアップして口げんかに発展していったのだろう。


 美少女は忌々し気に眉を寄せていたのだが、すぐにニコリと笑った。

 一瞬で雰囲気がガラリと変わった。

 ヤンキーからアイドルに変身したみたいだ。


「俺の名前は『雷鳴寺レイヤ』。お前は?」

「あ、秋月です」

「よろしくな。秋月!!」


 レイヤが肩を組んでくる。

 まるで幼馴染の親友のような距離感だ。

 距離の詰め方がえぐい。

 唯人は困って苦笑いを浮かべることしかできない。


「よし、子供。お前は財布をどこで落としたんだ?」

(子供って……呼び方が雑じゃない?)


 男の子はぶんぶんと首を振った。


「……分かんない。気づいたら無くって」

「しゃーねぇ。お前が来た道を戻って行くしかねぇな」

「一緒に探してくれるの?」

「おう。俺たちが手伝ってやるよ」


 唯人の首がグッと引っ張られた。


(なんか、一緒に探すことになってる……)


 しかし例のごとく。

 嫌とは言えない唯人だった。

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