第37話 バニー

 翌朝。

 登校した唯人が自席に荷物を仕舞っていると、佐藤が話しかけてきた。

 『おはよう』と軽く挨拶を済ませると、佐藤はにやにやと笑い始めた。


「昨日、校門に唯人を探してる美少女が来てたぞ?」

「え、誰?」


 唯人が思いついたのは陽菜だった。

 彼女だったら学校に突撃してきてもおかしくない。


 だが、佐藤と陽菜は合コンの時に面識がある。

 違うだろうと思いなおした。


「なんか赤い長髪の女子。トラックがどうのとか言ってたな」

「と、トラック……⁉」


 秤を助けるときにした、トラックの切断。

 その話はつい昨日も聞いた話だ。


 白いスーツのガタイの良い男。

 彼も切ったトラックについて話がある様子だった。

 なぜか、警察が着たら逃げてしまったが。


 おそらくはトラックや、荷物などの弁償を求めてきたのだろう。

 唯人には貯金があるので、それくらいなら問題なく払える。


 しかし、本当に弁償だけで済むかは分からない。

 最近ではお店でいたずらした動画をSNSに上げて、それが大炎上。

 結果として莫大な損害賠償を求められるような事件もある。


 同じように、トラックを切断した結果、配送遅延が起きたりなんだりで会社のイメージが悪化してどうのこうので、莫大な損害賠償を求められるかもしれない。


(どうしよう、何億円とか求められたら……高校中退してダンジョン巡りしないと、そんなには稼げない)


 唯人は顔を青くする。

 降って湧いてきた高校中退の危険性。

 勉強以前の問題が出てきてしまったかもしれない。


 不安そうにしている唯人。

 その様子を察したのか、佐藤が穏やかに声をかけてきた。


「どうした? なにか心配事か?」

「いや、実は――」


 唯人は秤を助けた時の状況や、トラックを切断した話を伝える。

 そして莫大な損害賠償を求めれるのではないか、不安なことを相談する。


「本当にトラック切ってたのかよ⁉」

「まぁ、勢いが余って……」

「勢いで切れるもんじゃねぇよ⁉」


 佐藤は消化した驚きを吐き出すように、ため息を吐いた。

 そして、唯人の肩をポンと叩いた。


「俺も法律には詳しくないけどさ、損害賠償とかはねぇだろ。あったとしても公的機関を通して話が来るだろうし」

「そうかなぁ」


 佐藤は唯人を元気づけるように、ニカリと笑った。


「ま、もしもの時は俺も全力で助けてやるから、心配すんなって!」

「佐藤……」


 佐藤に何とかできるとも思えないが、そう言ってくれるだけでも心が軽くなった。

 これが友情。

 唯人は熱い友情を噛みしめて、佐藤を見つめた。


「はい、離れて!! 危険な臭いがするよ!!」


 唯人と佐藤の間に、桐華が割り込んだ。

 桐華は唯人を抱き寄せると、ガルガルと佐藤を睨む。


「バラの花は咲かせなくていいの! 唯人くんを変な道に連れ込もうとしないで!」

「いや、してないって!?」


 バラの花とはなんだろうか。

 唯人は首をかしげるが分からない。何かの隠語だろうか。

 少なくとも佐藤は理解しているようだ。


「じゃあ、あれは何⁉」


 桐華は教室の入り口を指さす。

 四つん這いになった女子生徒が、瞳孔をガン開きにして唯人たちを見ていた。

 唯人たちに見られると、カサカサと何処かへ消える。


(なにアレ⁉ 怖いんだけど!?)


 まるで有名なホラー映画。

 四つん這いで襲い掛かって来るあの女性だ。

 唯人は内心でガクブルである。


「腐った獣を呼び寄せるほどの、濃密なバラの匂い。こんなものを漂わせておいて、わざとじゃないと言い張るのかな⁉」

「わざとじゃねぇよ⁉ 俺は普通に女の子が好きだから!!」

「いーや。信用できないね。何か証拠はあるのかな?」

(なんか、めっちゃ見られてる……)


 いつの間にか教室中から注目されていた。

 佐藤もそのことに気づいたのか、周りを見ると焦ったようにポケットに手を突っ込んだ。

 そこから取り出したのはスマホ。

 それを起動すると、某ご老人の印籠いんろうのように桐華たちに見せつける。


「これが証拠だよ!!」


 ビシっと見せつけてきたのはスマホのホーム画面。

 そこには、バニー服を着た女子の写真が使われていた。


「この間、彼女に来てもらったバニー衣装だ!! これで分かったか⁉」


 シーン。

 教室が静まった。


「……バニーが好きなんだ?」


 唯人が口を開くと、佐藤の顔が青く染まっていった。

 なぜ、佐藤はわざわざ性癖を暴露したのだろうか。


「あぁ、うん。ごめんなさい」


 桐華も気まずそうに目をそらす。

 まさか、こんな大事故が起きるとは思わなかったのだろう。


「こ、殺してくれぇぇぇぇぇ!!!!」


 佐藤が膝から崩れ落ちる。

 絶叫が廊下にこだました。


「ご、合コンに来てた人だよな。仲良くやってるみたいで良かったよ!」

「ごめん。ジュース奢ってあげようか?」


 その後、佐藤を立ち直らせるのに放課後までかかった。

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