第36話 不戦圧勝

「……おい、本当にアイツが例の男なのか?」

「そのはずです……」


 時計が午後七時を示すころ。

 すでに空は暗くなっているが、街は文明の明かりによって輝いていた。


 滝沢と部下はコンビニの前でタバコをふかす。

 通行人たちは滝沢と目を合わせないように、うつむいて通り過ぎていた。


「……あんな、ナヨナヨしたガキが本当にトラックを切ったのか?」

「……そ。そのはずです」


 滝沢はイライラした様子で、雑踏を睨みつける。

 その先に居るのは、黒い髪の男子高校生。

 中性的で整った顔立ち。スカートを履いて、胸の無い女ですと言われたら信じてしまいそうな見た目だ。


 部下から受け取った情報によると、彼の名前は『唯人』。

 恐ろしく強いはずなのだが、とてもそうは見えない。


 唯人は銀髪のシスターに話しかけられて、あたふたとしている。

 こじらせた陰キャの反応だ。

 見ているだけで、滝沢のイライラゲージが溜まっていく。


「募金をお願いします」

「え、えっと募金ですか……い、いくらからですか?」

「ふふ、心からです」


 上手い返しである。

 『いくらから』に『心から』で返すのは洒落が効いている。

 しかも、具体的な金額は言わないため品があるが、まったく出さないのも気まずい返答だ。


「うぇ!? いや、そういう事じゃなくて……に、日本語が通じてない……⁉」


 だが、唯人は洒落に気づいていなかった。

 相手が外人風の容姿なので、日本語が通じていないと思ったのだろう。

 よけいに慌て始める。


「いくらからって英語でなんて言うんだっけ、Hou many……」


 まさかの英語で質問を試み始める。

 日本語が通じてないのはお前だから、いったん落ち着け。


「――五千円で良いですか?」

「ありがとうございます」

(あきらめんなよ⁉)


 思わず、滝沢も心の中でツッコんでしまった。

 唯人の行動はあまりにもグダグダである。


「おい、本当に『アレ』で間違いないんだな? あのコンクリートジャングルに潜んでる珍獣みたいな男が、俺らの商売を邪魔した奴なんだな?」

「は……はい。確認によると、間違いないはずなんですけど」


 滝沢も部下も自信が無くなってきた。

 

 トラックを真っ二つにしたなどと聞いたときは、筋骨隆々の化け物みたいな男が出てくるものだと思っていた。


 しかし実際に出てきたのは陰キャだ。

 ハムスターよりも臆病そうな男だ。

 まったく強そうには見えない。


「まぁ良い。とにかく捕まえてみるか」

「うっす」


 滝沢たちはタバコを捨てると、足で踏みつぶす。

 ずかずかと歩き出すと、唯人に近づいた。

 唯人は銀髪シスターに開放されて、ホッと息を吐いている。


「おう兄ちゃん。募金に五千円とは儲かってんなぁ」

「うぇ!? いや、そんなことないですけど……」


 滝沢に声をかけられた唯人はしどろもどろ。

 困ったように目をそらしている。

 

 その反応を見て、滝沢は違和感を覚えた。


(このガキ、シスターの姉ちゃんにこえかけられた時と同じ反応じゃねぇか?)


 普通、そこらの一般人が滝沢に声をかけられれば、怯えた目をするものだ。

 なにせ見るからに、道を外れた職業だ。

 関わりたくないと思うのが普通である。


 しかし、唯人は違う。

 滝沢に声をかけられたとき、シスターに声をかけられたとき、どちらも同じ反応だ。

 つまり、唯人は滝沢だから怯えているわけではない。


 相手の強弱に関わらず困っているのだ。


(相手の強さに脅威を感じてねぇ。これは当たりかもしれねぇな)


 滝沢は唯人の肩をトントンと叩いた。


「ちょっとばかし話がある。付いて来いや」

「はい……」


 滝沢と部下で唯人を挟み、路地裏へと強制連行。

 何かの店の裏。物置になっている広場へと唯人を連れ込んだ。


「なぁ兄ちゃん。このトラック覚えてるか?」


 滝沢はスマホを見せる。

 そこに写っているのは、真っ二つにされたトラックの写真。

 唯人はそれを見ると、あっと声を上げた。


「覚えがあるみてぇだな?」

「お、俺が切ったヤツです……」

「このトラックにはウチの商品が積んであった。だが、お前のせいで台無しになった。どう落とし前付けてくれんだ?」

「すいません……」

「すいませんで済むわけがねぇだろうがぁ!!」


 ガタン!!

 滝沢は青いポリバケツを蹴飛ばした。

 中から生ごみの入った袋が飛び出す。


「あのぉ、暴力は良くないかなぁと……」

「あぁ!?」


 滝沢による暴力の前フリ。

 あまり舐めたことをすると、暴力を振るうと滝沢は見せつけた。

 しかし、唯人は動じていない。

 始めと変わらずに、困ったように滝沢を見ていた。


「テメェ、俺を舐めてるだろ?」

「え、いやいや、舐めてないです!! 申し訳ないと思ってます」

「違うな。テメェは俺の暴力を軽んじてる。心の底じゃあ、俺をそこらの雑魚と同じように見てる」

「そ、そこらの雑魚?」


 ドガン!!

 滝沢はコンクリートを踏みつけた。

 ビキビキとコンクリートにひびが走る。


 しかし、それでも唯人は動じない。

 困ったように苦笑いを浮かべているだけだ。


 その態度が滝沢の神経をイラつかせる。

 自身の強さを無視されて、プライドが傷つけられる。


「極道舐めんなよ。クソガキがぁ!!」


 滝沢は拳を振るう。

 唯人の腹を殴りつけた。

 それはビルの壁に穴を空けるほどの一撃。

 唯人は苦悶の表情を浮かべてうずくまる――はずだった。


「ぐ、ガァァァァぁぁぁぁ!!?」

「だ、大丈夫ですか?」


 滝沢は殴りつけた腕を抑えてうずくまる。

 腕にひびが入った。指の骨は折れているかもしれない。

 それほどの激痛だった。


(なんだこのガキ⁉ 固すぎる……⁉)


 まるで凝縮した山を殴りつけたような感覚。

 固く。重い。ビクともしない。

 殴りつけた側にダメージが来るほどだ。


「お、おやじ⁉ 大丈夫ですか⁉」


 部下が駆け寄って来る。

 しかし、滝沢は醜態を見せるわけにはいかない。

 極道は面子商売だ。舐められたら終わりだ。

 それが、手下であっても。威厳を示し続けなければならない。


「大丈夫だ!! 退いてろ!」


 滝沢は気合で立ち上がる。

 何かの間違いだ。もう一度、唯人を殴りつければ……!

 ズキズキと痛む腕を握りしめる。


「なにやってるんだお前ら!!」


 路地裏の入り口から、怒鳴り声が響く。


「クソ!! サツが来やがったか!」

「お、おやじ。ここは退きましょう」

「おいガキ。このことはよく覚えておくことだな」

「は、はぁ……」


 滝沢は路地裏の奥へと逃げ込む。

 痛む腕を抑えて、ダラダラと冷や汗をかいていた。

 しかし、思考は冷静だ。冷えた血液が脳を巡っていた。


(……あのガキは化け物だ。正面からじゃ勝てねぇな)


 滝沢は眉間を寄せる。

 腹が立つが認めるしかない。滝沢よりも唯人の方が強い。

 唯人に勝つためには、滝沢の面子を守るためには外道に落ちるしかない。


「おい、あのガキの交友関係を調べろ」

「え? は、はい」


 滝沢はギリギリと奥歯を鳴らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る