第35話 仁王立ち

 黎明高校の校門では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。


「あの人、なにやってるんだろう……」

「関わるだけ時間の無駄です。さっさと帰りましょう」


 校門のど真ん中で腕を組み、仁王立ちをしているのは|夜流愚零武(ヤルングレイブ)の総長であるレイヤだ。


 舎弟が唯人に会ったとき、唯人は制服を着ていた。

 その制服から高校を特定。

 舎弟から聞いた特徴を憶えて、校門で唯人を待ち伏せしていた。


 その見た目は完全に不審者だ。

 生徒たちはいぶかし気にレイヤのことを見ながらも、その脇をすり抜けていく。


「誰か待ってるの?」

「あぁん?」


 レイヤに声をかけてきたのは男子生徒。

 髪をしっかりとセットして、耳にピアスを付けている。

 少し軽そうな雰囲気の男子だ。


「良かったらお茶しない? 俺だったら君みたいな可愛い子を待たせないけどなぁ」


 いわゆるナンパだ。

 レイヤは不良グループの総長だが、見た目だけなら可憐な美少女。

 ナンパをされるのも珍しいことじゃない。


 レイヤはナンパ男子をじろりと見る。

 上から下まで見定めるように。

 そして鼻で笑うと、『あっち行け』と手を振った。


「超絶可愛い俺様に声をかけたくなるのは分かるが、お前じゃ実力不足だ。鍛えてから出直してこい」

「き、鍛えてから?」


 レイヤの独特過ぎる言動に、ナンパ男子も察したらしい。

 こいつは関わらない方が良い奴だと、顔ににじみ出る。

 苦笑いを浮かべて、立ち去ろうとした。


「そ、そっか……残念だけど俺は失礼して――」

「いや、やっぱりちょっと待て」


 だが、レイヤはその首根っこを掴んだ。

 ぐえっとナンパ男子は潰れたカエルのような声を上げる。

 可愛いからと言って、見るからにおかしな奴に声をかけたのが運の尽きである。


「この学校にトラックを真っ二つに出来るような奴が居るだろう。そいつを呼んで来い」


 いちいち待っているのも面倒くさい。

 このナンパ男子に呼んで来させれば良いのだ。

 しかし、ナンパ男子は困惑した顔。


「と、トラックを真っ二つに? いや、そんな人は知らないけど……」

「あぁん? じゃあ、黒い髪で女みたいな顔をした強い奴が居るだろ?」

「知らないなぁ……」


 レイヤは眉を寄せた。

 舎弟たちがてきとうな事を言っていたのかと疑う。


 まさか探し人が陰キャ過ぎて、周りにほとんど実力を知られていないとは思わない。


「あいつらぁ……俺をおちょくりやがったのか……!!」


 ギリギリとレイヤは奥歯を噛みしめる。

 目つきが刃物の様に鋭くなる。

 まさに噴火五秒前。

 校門前が焼け野原にされるかと思われたとき――。


「もしかして、唯人のことを待ってるのか?」

「あぁん⁉」


 声をかけてきたのは地味な青年。

 レイヤは名前も知らないが、唯人の隣席である佐藤だった。

 

 レイヤの意識が佐藤に向いているうちに、ナンパ男子はそっと逃げ出した。

 見事な脱出技術だった。


「女っぽい顔の黒い髪だろ?」

「……そいつはトラックを切れるくらい強い奴なのか?」

「トラックを切れるかは知らないけど……たぶん強いぞ?」


 レイヤはニヤリと笑った。

 膨れ上がった怒りが、戦意へと切り替わる。


「よし、そいつを連れてこい」

「無理だな」

「あぁ!? なんでだよ⁉」

「だって唯人は補習受けてるし……」

「ほ、補習……?」


 補習と聞いて、レイヤの気が抜けた。

 蓋を開けた炭酸飲料のように、戦意が減っていく。


「……いつ終わるんだ?」

「七時前くらいじゃないか?」

「そんなに待ってられるかよ……」


 やる気も失せた。

 レイヤは踵を返すと、だらだらと歩き始めた。


「伝言くらいなら伝えとくけど?」

「いらねぇ」


 レイヤは黎明高校の生徒たちに交じって帰路につく。

 お目当ての男は、まさかの補習。

 くだらない理由で無駄足を踏まされた。


(補習を受けるくらいなら、普段から真面目に勉強しとけ!)


 くだらなすぎて力が抜けた。

 しかし、冷静になってくると腹の底からイライラが湧き出て来る。

 レイヤがガツガツと足音を鳴らしながら歩いていると――。


「なぁ、ちょっとだけ相手してくれればいいからさ」

「い、いえ、困ります……」


 路地裏から声が聞こえてきた。

 ねばついた男の声と、嫌がる女の声だ。

 視線を向けると、そこには黎明高校の生徒たち。

 男子生徒が女子生徒に言い寄っているらしい。


 レイヤは知る由もないが、男子生徒の苗字は荒井である。


「拒否して良いのか? 俺の先輩、ちょっとヤバい所と繋がりあるんだぜ?」

「そ、そんなこと言われても……」

「女紹介したら金貰えるんだわ。お前がそういう態度なら先輩に電話しても――」

「ちょっと良いか?」


 レイヤはにこにこと笑いながら、荒井の肩を叩いた。

 見た目だけなら可憐なアイドル。

 荒井は目を合わせると、嬉しそうにニヤリと笑った。


「なに、もしかして逆ナ――ぶばぁ!?」


 荒井の顔面に右ストレート。

 吹っ飛ばされた荒井は、路地裏に積まれていたゴミ袋へとダイブ。

 顔面を抑えながらうめき声を上げている。


「脅さねぇと女も口説けねぇのかゴミが」


 レイヤは汚れた手を払うように叩く。


「ま、俺はクズを殴れてスッキリしたわ。ありがとよ」


 そう言い残すと、レイヤは路地裏から外に出る。

 荒井に言い寄られていた女性生徒が、追いかけてきた。


「お、おねぇ様!! ぜひお礼をさせてください!」

「あぁん? じゃあ、ハンバーガーでも奢ってくれ」


 そうして、路地裏には荒井だけが残された。

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