第34話 補習

「終わった……」


 唯人は死んでいた。

 机にうつぶせになって。


 未来への希望を失い。ただ絶望だけが瞳を満たしていた。


「なぁ、唯人。いい加減、この間の合コンで一緒に抜け出した子との話を……何やってんだ?」


 もぐもぐと最後までチョコたっぷりのお菓子を食べている佐藤が、声をかけて来る。

 しかし、死にかけている唯人を見て、いぶかし気に眉を寄せた。


「この紙……中間テストか?」


 唯人の机には、数枚の紙が広げられていた。

 それは、つい先日実施された中間テストの解答用紙。

 本日から返され始めた物だ。


 佐藤はその一枚を手に取る。

 『あちゃー』と声を上げた。


「こりゃ、特別補習だな……」


 唯人のテストの点数は、七教科中二教科が赤点。

 数学と英語だ。


 黎明高校では放課後に特別補習が行われる。

 対象者は、その強化で赤点を取った生徒。

 次のテストでは赤点を回避できるようにサポートする。


「二教科が赤点だから、週に二日は補習か……ご愁傷様」


 補習は一日一教科。

 唯人の場合は、週に二日の補習がある。


 佐藤は唯人の前に、最後までチョコたっぷりのお菓子を置いた。

 まるで墓に供える線香の様に。


「安らかに眠れ」


 手を合わせて、佐藤は拝んでいた。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 昼休み。

 唯人たちは、いつものように集まっていた。

 お昼ご飯を食べ終わった後、テーブルの上には唯人のテスト用紙が広げられた。


「私はあの女が悪いと思う!」


 桐華は鼻息を荒くして怒っている。

 桐華の言う『あの女』とは、陽菜のことだ。


「あの女にゴールデンウィークを一日潰されたから赤点になったんだよ!」


 唯人はゴールデンウィークの初日に、陽菜に呼び出された。

 勘違いさせた負い目もあったため、おとなしく出頭。

 その後は彼女の買い物に引きずり回された。


 あの一日で勉強をしていたら赤点を回避できた可能性は、ゼロではない。


 陽菜に向かって怒っている桐華。

 その桐華に、秤はジトリと湿気った目を向けた。


「ですが、もう一日を潰したのは桐華さんですよね?」

「そ、それは……まぁ……」


 そして二日目には桐華に連れられて、複合アミューズメント施設に向かった。

 カラオケ、ボウリング、ゲームセンターなどの色々な娯楽施設が詰まった施設だ。

 そこで一日中、遊びまわった。


 この二日間を勉強に回していたら、赤点回避は現実的だった。


「で、でも秤ちゃんだって出かけてたじゃん!!」

「はい。出かけましたね」


 三日目は秤に動物園へと連れて行かれた。

 動物園など長らく行っていなかったが、久しぶりに行くと楽しかった。


「しかし動物園は、ただのレクリエーション施設ではありません。来場者への教育をになっています。これは国際的な組織も認める事実です」


 秤は得意気に笑った。

 勝利を確信している顔だ。


「つまり、唯人さんのお勉強の一環です」

「ぐぬぬぬぬぬ……」


 唸る桐華。

 上手い反論が思いつかないらしい。


 しかし、今回のテスト範囲に動物は関りが薄い。

 効果があったのかは微妙な所である。


「まぁ、根本的に悪いのは俺だから、次は赤点を回避できるように頑張るよ」


 なんだかんだ、唯人は楽しいゴールデンウィークを過ごした。

 三日も友だちと遊びに行けたのだ。

 今までの一人寂しく過ごしていた連休に比べれば、雲泥の差である。


「そうですね。唯人さんは合コンなんかに行っている暇は無いはずでしたからね」

「い、いや、あれは佐藤の頼みで……」

「じゃあ、佐藤をシメよう!」

「止めてあげてください……」


 ぶんぶんと肩を回し始めた桐華。それを唯人が抑える。

 知らぬところで命の危機にひんする佐藤。

 佐藤は唯人を合コンに誘ってから、秤と桐華から敵意を向けられていた。


「唯人くん、佐藤に声をかけられても付いて行っちゃだめだよ? また女の子を紹介されるかもしれないから!」

「は、はぁ……」


 それは何か悪いことなのだろうか。

 唯人としては友人か増えるのなら、それは嬉しいことなのだが。


「まぁ、どっちみちしばらくは補修があるし、そんなに遊びには行けないけど」


 最初の補習は今日の放課後からである。

 さっそく帰りが遅くなってしまう唯人だった。

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