第32話 すいません

 男たちを倒した後。

 とりあえず唯人は警察に通報。


 陽菜の話によると、男たちは反社会的な組織と関りのある者たちだったらしい。

 男たちは警察に連れて行かれた。


 しかし、唯人にとっての事件はまだ解決していなかった。


「あのぉ……そろそろ離れてくれません?」

「無理。まだ怖い」


 陽菜が唯人に抱きついて離れない。

 事件の恐怖で、人と接していたいらしい。


 警察の人には『彼氏さんがお家に送ってあげてください』と言われてしまった。

 彼氏じゃないのに。


「頭なでて」

「え?」

「頭なでて!!」

「は、はい……」


 言われるがままに、唯人は陽菜の頭を撫でる。

 さらさらとした髪の毛だ、手触りが良い。


「なんか手馴れてる……なんで?」


 陽菜は唯人の胸に顔をうずめている。

 くぐもった声で聞いてきた。

 ちょっと声色が低い。言われた通りに撫でたのに、不機嫌になった気がする。


「妹が居るので……」

「ふーん……なーんだ」


 今度は急に上機嫌。

 ぐりぐりと唯人の胸に頭を押し付けてきた。

 まるで猫のマーキングだ。


「あの、そろそろ帰りません?」


 唯人たちはバーに残っていた。

 警察の人に、陽菜が落ち着くまで残っても良いと言われたからだ。

 しかし、現場を調べている警察の人たちの目が刺さる。

 なんだか生暖かい視線を向けられていた。


「分かった」


 唯人たちは店を出る。

 空は暗くなっていた。

 しかし街は明るく視界は良好。


 道の向こうから、二人組が歩いてくるのだって見える。


「あぁ!! 唯人くんいた!!」

「やはり面倒事に巻き込まれていましたか、パトカーを追いかけて正解でした」


 と言うか知り合いだった。

 桐華と秤だった。


「あれ、二人ともどうして……」

「え、いや、偶然通りかかっただけで……」


 ぴゅーぴゅーと下手くそな口笛を吹きながら、桐華は目をそらした。


「桐華さん、そんなことよりも唯人さんの状況が問題です。どうして抱きつかれているんですか?」

「あ、本当だ⁉ どういうこと!?」


 陽菜はちらりと秤たちを見ると、唯人を睨んできた。

 その瞳からは殺気がにじみ出ている。


「誰? この女たち?」

「えっと、友だちだけど……」

「ふーん」


 陽菜は秤たちを睨む。

 その隣には、虎の幻影が見えた気がした。

 ガルガルと秤たちに威嚇をしている。


「どうも、舞野陽菜。唯人の彼女です」

「「「か、彼女⁉」」」


 陽菜の爆弾発言に、秤と桐華――そして唯人が驚きの声を上げた。


「ちょっと待って⁉ なんで唯人まで驚いてんの⁉」

「い、いつの間に付き合ったの……?」


 知らない間に彼女ができていた。

 なぜかリア充の仲間入りをしていた。


「さっき好きだって言ってくれたし――流れ的に付き合う感じだったじゃん⁉」

「好きだって言った……?」


 そう言えば、バーでノンアルを飲んでいた時に、そんなことを言った気もする。


「え、アレって友だちとしてって意味じゃ……」

「はぁ⁉ 合コンで同伴しといて、そんな話になるわけないじゃん⁉」

「あ、そうだった」


 まさか、知らないうちに告白をしてしまっていた。

 唯人は今さらながら恥ずかしくなってくる。

 あわあわと慌て始めた。


「す、すすすいません。気づいてなくって」


 なんとなく状況を理解したらしい秤と桐華。

 二人も唯人にドン引きだ。


「うわぁ……やっちゃったねぇ……」

「私たち、唯人さんを守りに来たんですよね? その唯人さんがやらかしてるんですけど」

「これは予想外。まさか地雷系を逆に落とすとはね……」


 告白が勘違いだと知った陽菜は、顔を真っ赤にして震えていた。

 それは羞恥か激怒か。

 たぶん両方である。


「このバカ野郎!!」


 陽菜は拳を握ると、唯人のお腹に向かって振りぬく。

 渾身の右ストレート。

 乙女の恨みがこもった腹パンである。

 しかし、相手が悪かった。


「いったー⁉ どんだけ腹筋硬いのよ⁉」

「す、すいません」


 唯人の硬い腹筋に返り討ち。

 腹筋が硬いことを誤ったのは、唯人が人類で初だろう。


「もう良いわよ!! バカ! クズ! 陰キャ!!」

「ぐぅ……すいません」


 陽菜は唯人を罵倒して、ガツガツと足音を鳴らして立ち去って行った。

 陽菜を見送ると、秤と桐華は顔を見合わせた。


「どうする? 追いかけて慰めてあげる?」

「唯人さんのほうも、ダメージがありそうです。体は鋼ても、心は豆腐ですから」

「じゃあ、じゃんけんでどっち行くか決めようか?」


 そんなことを話し合っていると、道の向こうから陽菜が顔を出した。


「唯人。今度、連絡寄こしなさい。今回の慰謝料としてデートに付き合ってもらうから!!」


 そう怒鳴ると、再び立ち去った。


「……彼女は大丈夫そうですね」

「じゃあ、私たちはこっちのお馬鹿さんの相手をしようか」

「すいません。ゴミクズ陰キャですいません」

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